コリント人への手紙Ⅰ


感謝を込めて
コリント第一 1:4-9
エレミヤ 1:18-19
Ⅰ 感謝を込めて

 「私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安があなたがたにありますように」(3)と挨拶を終えたパウロは、いよいよコリント教会の人たちに、彼らを包み込むような暖かさをもって、語り掛けます。「私は、キリスト・イエスによってあなたがたに与えられた神の恵みのゆえに、あなたがたのことをいつも神に感謝しています」(4)と、パウロはまず、コリント教会の人々に、感謝を伝えることから始めました。たとえ彼らの中にどんな困難があろうとも、神さまへの感謝があるなら、神さまは必ずや良い結果をもたらして下さるであろうと、それがパウロの信仰のスタンスでした。

 この「感謝」・ギリシャ語の「ユーカリスト」は、聖餐式を示すものとされて来ましたが、ヨハネは「ユーカリスト」を、その意味で用いています。恐らく、このコリント第一書で「感謝」と「主の食事」が組み合わされたところから、イエスさまの初期共同体に、そんな意識が芽生えたのでしょう。こうあります。「主イエスは、渡される夜、パンを取り、感謝をささげて後、こう言われました。『これはあなたがたのための、わたしのからだです。わたしを覚えて、これを行ないなさい。』夕食の後、杯をも同じようにして言われました。『この杯は、わたしの血による新しい契約です。これを飲むたびに、わたしを覚えて、これを行ないなさい。』ですから、あなたがたは、このパンを食べ、この杯を飲むたびに、主が来られるまで、主の死を告げ知らせるのです。」(Ⅰコリント11:23-26) これは聖餐式に言及した最古の記事ですが、コリント教会の人たちは、パウロのもとでおよそ一年半、このように聖餐を共にしてきました。「感謝」と聞いて彼らはそれを思い出し、それが彼らの信仰の回復につながったのではと想像します。そもそも、感謝のない信仰など、ありえないからです。

 このパウロの挨拶は、決してお世辞ではありません。二~三年前のコリント教会は、まさにこのように、神さまの恵みが豊かに注がれた群れだったのです。パウロがエペソに移った後、コリント教会はアポロが引き継ぎ、「すでに恵みによって信者になっていた人たちを(聖書をもって)大いに助けた」(使徒18:27)とあるように、彼らは、聖書から教えられていました。そのことを念頭に置いてでしょうか、パウロはここで、「あなたがたは、ことばといい、知識といい、すべてにおいて、キリストにあって豊かな者とされたからです」(5)と、極めて重要な福音理解にまで踏み込んでいます。「ことば」と「知識」、これは「ロゴス」と「グノーシス」を指していますが、コリント書全体に関わる、中心主題と言っていいでしょう。


Ⅱ キリストにおいて豊かな者と

 しかし、「ロゴス」も「グノーシス」も、ギリシャ語世界では、彼らの文化に根ざした哲学思想(フィロソフィア)の、重要な用語なのです。ロゴスは「教え」や「啓示」、グノーシスはギリシャ人の好む「知識」を指していますが、そこに「霊の働きによる神認識」という人格を与えたのは、恐らく、初期教会を苦しめた、キリスト教異端・グノーシス主義だったのではないでしょうか。パウロの「ロゴス観」「グノーシス観」は、そこからの借り物ではないかと言われて来ました。単なるギリシャ思想からの借り物とは思いませんが、その用語は、ギリシャ思想に由来していると見ていいでしょう。キリキヤのタルソで生まれたパウロにとって、ギリシャ語は母国語だったからです。けれども、そこには、「最初から在り、万物より先に生まれ、すべての人類から礼拝を受けるにふさわしい」(山谷省吾「パウロの神学」)イエス・キリストが、世界と万物を創造されたとする、ギリシャ哲学や異端思想とはかけ離れた、パウロ神学がありました(参考 コロサイ1:15-16)。パウロは、そのような異端説と戦って、イエスさまの福音の何たるかを確立していったのです。その頃、イエスさまの福音は、使徒たちの宣教によって少しづつ内容が整えられている最中で、教会に入り込んで来たグノーシス系の、高度に哲学化された異端思想には、神学として、とても太刀打ち出来る状態ではなかったのです。パウロは、それらに抗し得る神学構築をと願った、キリスト教神学のパイオニアでした。そんなパウロの思いが、ヨハネのロゴス賛歌に引き継がれたのではと思われます。「ことば・ロゴス」は、受肉され「人の子」となられたイエスさまを指し、「知識・グノーシス」は、十字架とよみがえりのイエスさまを知る信仰のグノーシスを指していると言えるのではないでしょうか。パウロは、そんな奥行きのある深い意味を込めて、コリント教会の人たちに、「ことばと知識とにおいて、キリストにあって豊かな者とされた」と言っています。それが何を指しているのか、考えてみたいと思います。

 パウロは、「それは、キリストについてのあかしが、あなたがたの中で確かになったからで、その結果、あなたがたはどんな賜物にも欠けるところがなく、また、熱心に私たちの主イエス・キリストの現われを待っています」(6-7)と、彼らの心をかき立てました。「キリストについてのあかし」とは、パウロとアポロが彼らに語って来たメッセージでした。そのメッセージは彼らの中にしっかりと根付いていて、「どんな賜物にも欠けるところがなく」と言われ、彼らの信仰がバランスのとれた理想的なものだったことを示しています。しかし、現在の彼らがそうではないことを最もよく知っているのは、彼ら自身でした。それなのにパウロは、彼らの現在を責め立てようとはせず、ただ、今ある自分たちの姿を、正しく認識して欲しいと願っているのです。


Ⅲ 主は真実なお方なのだか

 続けてパウロは、「主も、あなたがたを、私たちの主イエス・キリストの日に責められるところのない者として、最後まで堅く保ってくださいます。神は真実であり、その方のお召しによって、あなたがたは神の御子、私たちの主イエス・キリストとの交わりに入れられました」(8-9)と、イエスさまの目線で、コリント教会の人たちを神さまの民であるとしています。それは、ヨハネがそうだったように、パウロもまた、主のことばを取り次ぐ啓示者として召し出されていたからでしょう。彼が自分を「イエス・キリストの使徒」と主張するのは、その意味においてなのです。「使徒」とは、天使や預言者がそうであったように、神さまのメッセージを携えて派遣された者を指しています。

 教会が誕生した頃でしょうか。パウロは、シリヤ北部に位置するキリキヤの、東のアテネと呼ばれたタルソから、律法の学びを志してエルサレムに留学して来ました。彼の父親は厳格なパリサイ人でしたから、彼もまた、パリサイ人として律法学者を目指していたのでしょう。その頃パウロは、最初の殉教者・ステパノの殉教に立ち会いました。以後、彼は、「新しい教え」を標榜するイエスさまの弟子たちに敵愾心を燃やし、強烈な迫害者となって彼らを追い回し始めます。そんな時です。ダマスコまで彼らを追いかけて行ったパウロに、イエスさまが現われました。「パウロ、パウロ。なぜあなたはわたしを迫害するのか」、そして、地に打ち倒されたパウロを、異邦人への使徒として召し出されます。「あなたを、わたしの名を異邦人、王たち、イスラエルの子孫の前に運ぶ、わたしの選びの器とする。」(使徒9:1-18)と。 以来、パウロは、イエスさま福音の伝道者として、身を粉にして働きました。世界各地を経巡る何回もの伝道旅行に彼をかき立てたのも、イエスさまに召し出された者の為すべき務め、走るべき行程と受け止めたからです。当然、ユダヤ人たちは、迫害者から180°の転換をしたパウロを「敵」とみなし、彼を追い回し始めます。その厳しい労苦の中でパウロが実感したのは、「私を召し出したお方は、真実なお方なのだから、必ずや私を守ってくださるであろう」というものでした。

 そのパウロの確信は、「神は真実であり、その方のお召しによって、あなたがたは神の御子、私たちの主イエス・キリストとの交わりに入れられました」(9)という、コリント教会の人たちへの慰めと励ましの中にも溢れているではありませんか。かつて、エレミヤを預言者として召し出した神さまは、こう言われました。「見よ。わたしはきょう、あなたを、全国に、ユダの王たち、首長たち、祭司たち、この国の人々に対し、城壁のある町、鉄の柱、青銅の城壁とした。だから、彼らがあなたと戦っても、あなたには勝てない。わたしがあなたとともにいて、―主の御告げ。―あなたを救い出すからだ。」(エレミヤ1:18-19) エレミヤは、ユダヤへのバビロン侵攻、捕囚という時代を生き抜いて、主の働きを全うしました。神さまの真実が彼を守り抜いたのです。神さまのその真実は、コリント教会の人たちの人たちにも注がれています。彼らの信仰が回復したであろうと、想像させられるではありませんか。



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