コリント人への手紙Ⅱ



水の上にパンを
コリント第二 2:12-17
伝道者の書   11:1、6
Ⅰ 福音の働き人として

 「私が、キリストの福音のためにトロアスに行ったとき、主は私のために門を開いてくださいましたが、兄弟テトスに会えなかったので、心に安らぎがなく、そこの人々に別れを告げて、マケドニヤへ向かいました」(12-13)とこれは、前後とは無関係の独立句と思われていますが、そうではありません。それは、「涙の手紙」を携えてコリントへ行ったテトスをトロアスで待っている間に、そこに誕生した教会の麗しい交わり(使徒20:5-12参照)を見て、パウロの心が、問題ばかり起こしているコリント教会に大きく傾いていったことを物語っているのです。テトスの報告を早く聞きたいと、マケドニヤに渡ってその帰りを待つことにしたパウロの焦りは、11節で言う、「サタンの策略」に陥りかけていたことを言っているのでしょうか。パウロにも、そんな危険があったのです。

 しかし、パウロはここで、「しかし、神に感謝します」(14)と、新しいフレーズに取りかかります。
 これは、前回触れた「五つの手紙集合」説によりますと、〈A〉グループの始まりですが、しかしここには、後置詞という目立たない品詞「しかし」があって、明らかに、トロアス→マケドニヤの動きは神さまの導きであったと、それを見据えたパウロの確信であると見なければなりません。この感謝は、サタンの策略に陥りかけたパウロの、神さまの恵みを覚えたという告白なのです。

 パウロはここで、自分の使徒職について弁明していますが、これは、コリント教会への書簡という枠組みを超えて、その使徒職を論じている重要な箇所と言えましょう。つまり、パウロは、自分がイエスさまに召し出された者であると、ここでそれを改めて確認しているのです。ですから私たちはこれを、初期キリスト教会という枠組みの中で、広く大きく総合的に示された主の恵みと(詩篇4:1)聞かなければなりません。イエスさまの福音は、救いと御国への招きが一体となった、神さまの思いがぎっしり詰まった総合的なものなのです。焦ったままのパウロは、そんな神さまの広さに気づかなかったのでしょうが、神さまの恵みに感謝を!……と切り替えることで、神さまにある大きな視点でこのフレーズを構築することが出来たのでしょう。導いて下さる神さまの恵みに感謝しつつ、より大きな視点に立つ、これは、私たちにとっても大切なことではないでしょうか。

 コリント教会では、パウロの「使徒職」の真正性が問われていましたので、それに言及する必要がありました。「神はいつでも、私たちを導いてキリストによる勝利の行列に加え、至る所で私たちを通して、キリストを知る知識のかおりを放ってくださいます」(14)と、これがパウロの弁明でした。


Ⅱ 神さまへの感謝とともに

 ここでは、パウロの「感謝」が二つ、神さまに献げられています。意訳ですが、岩波訳が要領よくまとめていますので、そこから引用しましょう。一つは、「キリストにあって常に私たちを凱旋させ」たことで、もう一つは、「さらに私たちをとおしてあらゆるところに自らの知識の香りをあらわにされ」たことです。第一に「凱旋させた」とありますが、新改訳にある「行列」は、戦いに勝利した軍隊の、華々しい「凱旋行列」を言っているのです。立派な鎧甲を纏い、ピカピカに磨き上げた槍を手にした騎兵たちに囲まれて、意気揚々と行進して来る凱旋将軍。沿道には、民衆たちの歓喜の声が……と、きっとパウロは、そんな行列を何回も見ていたのでしょう。ローマが世界を席巻していたその時も、ローマは、どこかでほぼ日常的に戦争をしていました。そんな戦いに勝利し続けたのは、勿論、兵士たちの勇敢な働きがあってのことですが、そこには、緻密で冷静な作戦と共に、部下たちを自在に動かす司令官が欠かせません。そして、福音を伝えるこの宣教の戦いに、神さまの力を纏ったイエスさまを司令官に最前線で戦って来たパウロは、勇敢な兵士として、その凱旋行列に加わっていました。パウロはこれまでにも、そのように福音宣教の戦いを戦い抜き、多くの苦労を重ねて、そこかしこにイエスさまの教会を築き上げて来ました。しかしその勝利は、主ご自身が司令官として先頭に立っていて下さっての勝利なのです。

 それはまた、神さまの前に立ち上る、「かぐわしい香り」でもありました。それは、エゼキエル書に「わたしがあなたがたを国々の民の中から連れ出し、その散らされている国々からあなたがたを集めるとき、わたしは、あなたがたをなだめのかおりとして喜んで受け入れる」(20:41)とあるように、祭壇に献げられた供物が神さまに受け入れられることを示す、イスラエルの伝統用語でした。供物の肉などは、香りが神さまに届くように焼くのです。その香りは、祭壇から立ちのぼる人々の信仰ですが、それはイエスさまの十字架に凝縮されていて、パウロはその福音宣教に召されていました。「キリストを知る知識の香り」とは、イエスさまの救いが宣教を通して人々に届くことを言っているのでしょう。「私たちは、救われる人々の中でも、滅びる人々の中でも、神の前にかぐわしいキリストのかおりなのです」(15)とあります。パウロは、「いつでもイエスさまの死をその身に帯びて」(4:10)いて、そこに居るだけで、キリストの香りを放っていたのです。


Ⅲ 水の上にパンを

 きっと、イエスさまの救いに与ったパウロの喜びは、戦いに勝利した凱旋将軍の晴れやかな誇りと共に、神さまの前に立ち上る芳しい香りのように、沸き立っていたのでしょう。けれども、パウロの次のことばを、覚えておかなければなりません。「ある人たちにとっては、死から出て死に至らせるかおりであり、ある人たちにとっては、いのちから出ていのちに至らせるかおりです。このような務めにふさわしい者は、いったいだれでしょう」(16)とあります。

 まず、その喜びは、すべての人たちに提供されていると覚えなければなりません。それが福音宣教であり、イエスさまを指し示す聖書の証言を語り伝えることなのです。しかし、残念ながら、現代の教会から、「みことばを語る」という視点が失われつつあるように思われます。教会には、「みことばを語る」責任があるのです。「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても……。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。というのは、人々が健全な教えに耳を貸そうとはせず、自分に都合の良いことを言ってもらうために、気ままな願いをもって、次々に教師たちを自分たちのために寄せ集め、真理から耳をそむけ、空想話にそれて行くような時代になるから」(Ⅱテモテ4:2-4)とあるのです。

 今、教会が老人ばかりになってしまったと嘆く声がありますが、イエスさまの福音が提供されなくて、どうして教会が若い人たちでいっぱいになるでしょうか。みことばに聞く子どもから老人までがいて、教会なのです。みことばを語るにふさわしいところは、教会の他にはないのですから……。聞いても受け入れない人がいるのは、悲しいことです。しかし、そんな現実の中でも、神さまは、みことばを伝える務めを、教会に委ねておられるのです。誰が受け入れ、誰が受け入れないかは、伝える者が決めることではありません。が、しかし、しばしば福音など聞きたくないとする人たちがいて、その人たちが好むメッセージを語ろうとする伝道者たちもいます。それは、「滅びに向かう」歩みに手を貸すことではないでしょうか。パウロの時代にも、そんな「キリスト教伝道者」を自称する者たちが多くいたようです。エレミヤの時代にはびこっていた偽預言者たちのように……。彼らは、町から町へ自分の人生訓を売り歩く、宗教家のようでした。現代も、そんな人たちが多くなっていると思われてなりません。まさにパウロが、「多くの人たちが、神のことばに混ぜ物をして売っている」(17)と指摘している状況です。しかし、そんな時代だからこそ、パンを撒き続けなければなりません。伝道者の書には「あなたのパンを水の上に投げよ」(11:1)とあります。宣教は、すぐに実が生まれるものではありませんが、「ずっと後の日になって、あなたはそれを見いだそう」(同11:1)とあり、それは神さまの約束ではありませんか。パウロはそのところに立っていました。そこに立っていたからこそ、勝利を見つめ、「かぐわしい香り」を放つことが出来たのです。「私たちは、真心から、また神によって、神の御前でキリストにあって語るのです」(17)とあるように、ただ主のみことばをのみ語ることが求められているのです。パウロのように、福音にいかなる脚色もせず、それが水の上であっても、混ぜ物のない福音を語り続けようではありませんか。


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