コリント人への手紙Ⅱ


46最終回
新しい愛の文化を
コリント第二 13:11-13
民数記     6:22-27
Ⅰ 愛と平和の神さまが

 「涙の手紙」の再録を終えてパウロは、今、最後の挨拶を書き上げようとしています。これを書き上げると、第二書は完成です。その第二書を託されたテトスたち一向は、すでに旅立ちの支度を整えて、第二書が書き上がるのを待っています。そしてパウロも、彼らのあとを追うように、三回目のコリント訪問を計画していたのですが、それは、9ヶ月先の、冬を迎える頃に到着というものでした。なぜかパウロは、出発を急いでいません。恐らくパウロは、自分が着く頃までには、この手紙を読んだコリント教会の人たちが悔い改めて、イエスさまを信じる信仰に立ち返っていているだろうと期待し、心を弾ませてその日を待っていたのでしょう。テトスたち一行もそのために働いてくれるだろうし、書き足りなかったところは、直接顔と顔を合わせて語り合いたいと、パウロはこの第二書を締め括る「挨拶」文を、心を込めて書いています。

 その挨拶文の冒頭には、「終わりに、兄弟たち。喜びなさい。一つ心になりなさい。完全な者になりなさい。慰めを受けなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神はあなたがたとともにいてくださいます」(11)とあります。

 「喜びなさい」「慰めを受けなさい」「平和を保ちなさい」とありますが、それは誰もが目指したい、理想的な在り方ではないでしょうか。しかし、現実世界には、そんな安心や平和が満ちているとは言いがたく、社会改革を夢見て武器を手にする若者たちが、今なおテロや内戦や権力者への反抗に走っているのです。幼い子どもたちのいのちが奪われ、女性や弱者への理不尽な暴力がそこかしこに蔓延し、貧しい人たちが一層貧しくなるという状況が続いています。しかし現代でも、ごく一部ではありますが、そのような理想社会を作り上げたいと、特に欧米の先人たちが血を流しながら構築した、安心や平和が感じられる世界もあるのです。しかしながら、そんな社会は欧米の価値観に過ぎないとする見方もあって、現在、世界は何やら不穏な動きを呈しているのですが、それでも現代という時代は、そうした先人たちが築き上げた安心や平和を基準に、壊れたところを修正しようとする流れの中にあると言えるのかも知れません。

 その平和をどのように保持しようとするのか、現代の私たちには、そのところが問われているのではないでしょうか。特に、「そうすれば、愛と平和の神はあなたがたとともにいてくださいます」と言われる立ち方は、平和を合いことばに仏教の僧侶や神道の神官、はたまたキリスト教の牧師までもが野合する、エキュメニカルな宗教連盟などというものによるのではなく、「なぜ喜んでいられるのか」「なぜ一つ心になれるのか」「なぜ平和を保ち続けることができるのか」という問いと共に、そこに、その中心を占めるべき位置に愛と平和の神さまがおられるかどうか、そのところを探って見なければならないでしょう。


Ⅱ 祈りの輪の中で

 この挨拶は、「聖なる口づけをもって、互いにあいさつをかわしなさい。すべての聖徒たちが、あなたがたによろしくと言っています」(12)と続きます。コリント教会の人たちがイエスさまの愛を見失ってさまざまな混乱に陥っているという情報は、恐らく、ローマ帝国一円の教会に伝わっていて、コリント教会を心配して大勢の人たちが祈っていました。それがパウロを通して「すべての聖徒たちが、あなたがたによろしくと言っています」になったのでしょう。

 「イエスさまの教会」というのは不思議なもので、問題を抱えて弱っている教会があると、遠く離れていてもその情報はすぐに伝わり、祈りの輪が広がって行くのです。教会が増えると、面識のない人たちが多くなって、全く別の世界のように、不干渉や没交渉になってしまうと考えられがちですが、イエスさまの名が冠せられた教会は、イエスさまを中心とする一つの共同体であって、全く見知らぬ人たちでも、イエスさまを信じる信仰によって繋がっているのです。旅先でそんな経験をしたことが何度もあります。イエスさまを信じる群れの一員として、そうした祈りを必要としている人たちのために、祈る者となりましょう。そうすれば、「なぜ喜んでいられるのか」「なぜ一つ心になれるのか」「なぜ平和を保ち続けることができるのか」という問いかけが、少しも不思議ではなく、同じ信仰に立つ兄弟姉妹として当然という、祈りの輪が生まれてくるのです。そのような祈りをもって、「愛と平和の神はあなたがたとともにいてくださる」ことを実感するのです。神さまは、その祈りの輪の中心にいて下さり、そのイエスさまを信じる信仰の結びつきが、愛と平和をもたらして下さるのです。


Ⅲ 新しい愛の文化を

 パウロは、「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように」(13)と第二書を閉じました。私たちはこれを、〈神、キリスト、聖霊〉と、三一の神さまの全人格から溢れ出る恩寵と聞かなければなりません。コリント教会では、巡回伝道者たちがそれだけの信仰を込めた礼拝を培っていなかったため、信仰訓練に乏しく、三一の神さまへの理解が出来ていませんでした。パウロはそれを見抜いていたのでしょう。わけても、「神さまとイエスさまと聖霊」という神さまのご人格への理解不足は、初期教会の、とりわけ2-3世紀の使徒後教父とそれに続く古カトリック時代に、キリスト教異端の跋扈を引き起こしたのですが、これは、初期キリスト教の歴史の中で大きく取り上げられている問題ですから、概略だけでも学ばれたら良いでしょう。

 今朝のテキスト全体に言えることですが、ここには、喜びも平和も愛も、「これこそキリスト者の立つべきところ」と言わんばかりの新しいスタイルが盛り込まれています。当時のローマ帝国世界には、ギリシャ語文化を軸に伝統的な文化スタイルがあって、ホーメロスの世界や、ソクラテスがデルフォイ神殿の落書きから引いた「汝、自身を知れ」などがそれですが、そのような伝統文化が潤滑油となって、ギリシャ語文化の世界が回っていたのです。

 けれどもパウロは、そんな異邦人の文化世界全域に、「イエスさまの福音」が伝えられ、その福音にふさわしい文化が培われるように願っていたのです。やがてローマ帝国全域がキリスト教文化を中核とする世界になるなど、パウロには想像すら出来なかったでしょう。しかしパウロは、もしそうなるならどんなに嬉しいことかと、諸教会にこうした手紙を書き送りながら、当時の異教社会に新しい息吹を吹き込むために、キリスト教徒たちの新しい生活スタイルを提唱していったのではないでしょうか。後のローマ・カトリック教会のように、策略を纏った世的権力で帝国をキリスト教化するのではなく、イエスさまを信じる信仰を中心に据えた愛の文化が、帝国内を席捲していくことを願っていたのかも知れません。イエスさまを信じる信仰には、個々人の救いの他に、愛と平和の神さまが中心となる新しい文化の提唱という意味も含まれているのです。けれども、気をつけておかなければならないのですが、それは決して思想闘争や文化論争から生まれるものではなく、個々の教会で毎週地道に行われる礼拝から生まれて来るもので、それは、現代の日本社会においても例外ではありません。私たちは、毎週の日曜礼拝で、そのような新しい神さま中心の文化を提唱しているのだと意識しようではありませんか。教会のそんな小さな意識改革が、教会の外に溢れ出て行くのですから。

 そんな自負と矜持を勧めた例が、旧約聖書にも記されています。民数記に、「主があなたを祝福し、あなたを守られますように。主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。主が御顔をあなたに向け、あなたに平安が与えられますように」(6:24-26)とあります。これは古代ギリシャ語社会における定式の一つ(「三項定式」と呼ばれる)のようですが、これはまた、イスラエルがカナンに定着しようとしたその時点で、モーセによって告げられた祝福のことばでもあります。イスラエルが建国しようと願ったカナンの地で、人が生きるところには必ず神さまがおられるとする、イスラエルの生き方の礎から生まれた祝福なのでしょう。現代という時代に置かれた私たちも、そのように、私たちに与えられた神さまの祝福を他の人たちにもと願いつつ、愛と平和の神さまが中心となる新しい文化の継承をもって、はかり縄(イザヤ54:2)を押し広げていこうではありませんか。

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