コリント人への手紙Ⅱ


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希望を託された者として
コリント第二 13:1-4
アモス書  9:11-15
Ⅰ まず、罪の精算を

 パウロは今、コリント教会への三度目の訪問を、どのようなスタンスで実現させようかと迷いながら、一つの決断をしました。このフレーズは10節の「涙の手紙」の最後まで続くのですが、長いので二回に分けて見て行くことにします。まず4節までですが、パウロは厳しい警告から始めようとしています。

 このフレーズは、「私があなたがたのところへ行くのは、これで三度目です。すべての事実は、ふたりか三人の証人の口によって確認されるのです。私は二度目の滞在のときに前もって言っておいたのですが、こうして離れている今も、前から罪を犯している人たちとほかの人たちに、あらかじめ言っておきます。今度そちらに行ったときには、容赦はしません」(1-2)と始まります。この書き出しは、二度目の訪問の動機にも重ねながら、少々複雑な言い回しですが、コリント教会の人たちの中には、神さまの前で、どうしても精算できない「罪」を未だ抱えている人がいると言っているのです。第二書2章で取り上げられている「ある人の処罰」(1-8)は、恐らく、第一書6章で「不品行な者、偶像を礼拝する者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、盗む者、貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者はみな、神の国を相続することはできない」(9)と「罪のカタログ」(NTD)に指摘されている罪に対して行われたのでしょう。しかし、12:20に「争い、ねたみ、憤り、党派心、そしり、陰口、高ぶり、騒動があるのではないか」とあることからも推測出来るように、これらは単に一般的な問題として語られているのではなく、実際にこれらが教会内にはびこり、教会を混乱に陥れていたから、ここに取り上げられたのでしょう。しかしながら、この罪の指摘からは、大商業都市・コリントに建てられた教会にいかにもありそうな、分裂分派と近親相姦と金銭問題が抜け落ちているのです。この3点を含めなかったことで、これらの罪が一般的と受け止められ、一つのクッションになっているのですが、そのクッションが仇となってか、一度は処罰し精算された筈の問題が、再び教会内に持ち上がっているのです。それは何としても正されなければなりませんでした。


Ⅱ 弱さの中に立つことを

 パウロは、「すべての事実は、ふたりか三人の証人の口によって確認される」と言っていますが、これは申命記17:6にある律法のことばです。パウロはこれを教会のルールとしました。世界第二の商業都市・コリントに建てられ、指導的教会であることを運命づけられた教会だからこその、重いルールなのでしょう。

 ところで、「ある人の処罰」がパウロの耳に届いたのは、マケドニヤに戻ったテトスの報告を受けてのことですが、処罰されたにもかかわらず、まだコリント教会では「今度そちらに行ったときには容赦はしない」と言われるような状況が繰り返されていたようで、それもまたパウロの耳に届いていました。コリント教会には、ステパナやボルトナトやアカイコなど(第一書16:17)教会の実情を心配する人たちが少なからずいて、以前よりも一層パウロの介入を心待ちにしていたのです。パウロは、慎重にその名を出さないようにしていますが、彼らからの情報は正確にパウロに伝わっていました。12:20に「私の恐れていることがあります。私が行ってみると、……争い、ねたみ、憤り、党派心、そしり、陰口、高ぶり、騒動があるのではないか」とあるのは、実際にそのようなことが心配されているとしての、厳しい警告です。

 パウロの耳に入って来た新しい情報とは、巡回伝道者たちの差し金もあったのでしょうか、「パウロはキリストが言われるように語っていないのではないか」という、コリント教会の人々の思惑です。彼らは、「涙の手紙」を読んで、一層反発を強めたのでしょう。これについては、パウロは断固、反論しなければなりませんでした。「今度そちらに行ったときには、容赦はしません」と厳しいことばが語られているのも、コリント教会内にローマ法にも悖る(もとる)罪が蔓延していることの他に、パウロが語るイエス・キリストの福音そのものを疑う人たちがいて、パウロはそのような立ち方に厳しい目を向けていたからです。「こう言うのは、あなたがたはキリストが私によって語っておられるという証拠を求めているからです。キリストはあなたがたに対して弱くはなく、あなたがたの間にあって強い方です」(3)とあるのも、その意味を含んでいるのでしょう。これは、12章で「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである」(9)と聞いた、イエスさまの恵みに立つパウロの立ち方と見事に一致しているではありませんか。ですからパウロは、「私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ喜んで私の弱さを誇りましょう。……なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです」(12:9-10)と言ったのです。「今度そちらに行ったときには、容赦しない」と、強い響きのこのことばは、その中で聞かれなければなりません。


Ⅲ 希望を託された者として

 「(キリストは)確かに、弱さのゆえに十字架につけられましたが、神の力のゆえに生きておられます。私たちもキリストにあって弱い者ですが、あなたがたに対する神の力のゆえに、キリストとともに生きているのです」(4)とパウロは、「十字架とよみがえり」というイエスさまの中心的な出来事を再確認しています。コリント教会の問題を引き起こている人たちから、それが抜け落ちていたからです。教会内に問題が生じるとき、そこにはほとんど例外なく、イエスさまへの信仰告白が忘れられ、ないがしろにされているという事実があります。イエスさまの十字架に目が届かないとき、歴史上、古代と現代とを問わず、教会には問題が生じて来ました。十字架は私たちに罪の赦しを得させる「贖罪」という出来事ですが、コリント教会に潜り込んでいた巡回伝道者たちは、「十字架」の出来事を、自分たちの「救い」のためであるとは聞かず、かえってそれを、イエスさまの弱さの象徴と切り捨てていました。アレキサンドリヤ・フィロンのユダヤ・アカディミー出身の巡回伝道者たちは、どんなにキリスト教伝道者らしく見せても、基本的にユダヤ教徒なのです。彼らの内にイエスさまはいません。パウロ神学は、イエスさまの十字架上の「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」(マタイ27:46)という悲痛な叫びを聞いて、更にもう一歩踏み込み、それを神さまの出来事としているのです。傍目には神さまに見捨てられた敗北者として映ることを承知しながら、「(キリストは)……弱さのゆえに十字架につけられましたが、神の力のゆえに生きておられます」と言ったのです。そして、その神さまの力は、御子イエスさまを死の中に閉じ込めたままにはしておかず、よみがえりという不思議を遂行されたのです。

 コリント教会の人たちは、そこに立たなければならなかったのです。
 不品行や金銭問題に捕らわれるなど、論外ではありませんか。彼らは、そんな問題をさっさとクリアして、イエスさまの恵みのうちに立たなければならなかったのです。十字架もよみがえりも、イエスさまを信じるキリスト者にのみ示されている神さまの恵みです。パウロは、その恵みのうちに生き、「あなたがたも……」と願っているのです。それこそ、コリント教会の人たちが、近隣の諸教会とともに、ローマにもというパウロの働きのために祈り、献げる力の源になったのではないでしょうか。コリント教会には、そのように成長して行く責任がありました。先週見たアモス書には、「主の日はやみであって、光ではない」(5:18)とありましたが、その結びには、「見よ。その日が来る。―主の御告げ。―その日には、耕す者が刈る者に近寄り、ぶどうを踏む者が種蒔く者に近寄る。山々は甘いぶどう酒をしたたらせ、すべての丘もこれを流す」(9:13)と、希望が語られているのです。その希望のメッセージを担いながら、キリスト教会は現代まで続いて来ました。パウロは、コリント教会の人たちに、そのように立って欲しいと願っているのです。その意味で「ローマに福音を」という願いを共有して欲しいのだと……。一日も早く罪を精算して希望を見つめ、その希望を担う者になって欲しい、これがパウロの願いでした。現代の私たちも、そのように立ちたいではありませんか。主ご自身から希望を託された者として……。


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