コリント人への手紙Ⅱ


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主に愛されていることを
コリント第二 12:14-18
エレミヤ書    31:3-6
Ⅰ ゆっくり、ゆっくりと

 前回、「パウロはコリント教会からの謝礼を受け取らない」と非難されたことについて、「この不正については、どうか赦してください」(13)とパウロは、あっさり謝っていると聞きました。確かに、他の教会からの献金を受け取りながら、コリント教会からの謝礼を受け取らないのは公平ではないと、パウロも充分承知していたのでしょう。しかしながら、たとえ少額であっても、出すべきお金を喜んで差し出す教会のイロハを覚えようとしないコリント教会は、まだまだパウロたちの犠牲の上に立っている、「開拓途上の教会」と言えるでしょう。彼らはパウロから、「あなたがたはまだ幼子であり、乳飲み子のようだ」(第一3:1-2)と言われていますが、会堂建設の話が出るほど、教会会計に伸びが見られる彼らが覚えなければならなかったのは、他の人たちに差し出す支援のお金は、主に向かう信仰の行為であるということでした。しかし、そこに至るまでに、彼らにはまだまだ時間が必要だったのでしょう。そんな彼らが巡回伝道者たちに多額の謝礼を出していたのは、「大使徒」を自認する巡回伝道者たちが、自分たちの偉大さの証明として、それを要求していたのかも知れません。パウロはここで、そんな彼らと比較されること自体に問題がある、と言っているのでしょう。

 エペソで働いていたパウロは、今、マケドニヤに来ています。そこで、「涙の手紙」を持ってコリントに行ったテトスの帰りを待っていたのですが、そのテトスが半年ぶりに戻って来て、コリント教会の人たちのパウロへの悪感情がかなり改善されたと報告しました。その報告を聞いてパウロは、失われた「涙の手紙」を加筆修正しながら第二書(第二書10-12章)に加え、それを再びテトスに託してコリントに送り出そうとしています。

 その後、パウロ自身もコリント教会に行くつもりでしたが、何故かパウロは急ぎません。「今、私はあなたがたのところに行こうとして、三度目の用意ができています。しかし、あなたがたに負担はかけません。私が求めているのは、あなたがたの持ち物ではなく、あなたがた自身だからです。子は親のためにたくわえる必要はなく、親が子のためにたくわえるべきです。ですから、私はあなたがたのたましいのためには、大いに喜んで財を費やし、また私自身をさえ使い尽くしましょう」(14-15)と、今朝のこのテキストからは、コリント教会の人たちのためには自分のいのちも惜しくはないとする、パウロの愛が聞こえてくるではありませんか。


Ⅱ 小さな愛から

 パウロは、彼らが自分たちの利益を優先することから離れ、他の人たちを覚えて祈ることで成長すると考えていたのでしょう。ですからパウロは、まずコリント教会の人たちに送り出してもらって、エルサレムに行こうと計画を立てました。エルサレムに……、それは、「ローマをも見なければならない」(使徒19:21)というパウロの、新しい働きへの着手でした。それがどれほど危険なことであるかを予感してパウロは、その危険を、コリント教会の人たちに共有して欲しいと願ったのです。事実、このエルサレム行きは、異邦人に関わっているとしてユダヤ人に殺されそうになり、ついにカイザリヤの地下牢に幽閉されて囚人としてローマに護送されることになるのですが、それは、激しい嵐に見舞われるなどして、九死に一生を得る危険な旅でもありました。そのようなことは、パウロがエペソにいた時から「御霊に示されて」いたのですが、そのローマ行きをコリント教会からと願ったのは、そうしたことのために、彼らに祈って欲しかったからなのです。

 「私があなたがたを愛すれば愛するほど、私はいよいよ愛されなくなるのでしょうか」(15)と、ここには、単なるぼやきではない、彼らの意識の変革を求めるパウロの強い願いが詰まっているようです。帝国の首都ローマは、コリント以上に困難な要素を抱えた伝道地でした。64年のローマ大火をきっかけに、ネロ帝がキリスト教徒迫害へと舵を切り、その後何人もの皇帝たちが迫害者となって、ローマは、キリスト教に敵対する勢力となります。ペテロやパウロはネロ帝の迫害で殉教しました。コリントがローマのようにならないとは、誰が言えるでしょうか。四十年後にローマ教会のクレメンスが、「あなたがたには問題があると聞く」と詰問状を出したことからも知られるのですが、コリントは実に小ローマのようであり、同じ価値観に立っていたと思われます。そんなローマを目指すパウロが、コリント教会の人たちに送り出して欲しいと願ったのは、彼らに「祈りを共有して欲しかった」からであり、そこにこそコリント教会の成長があると考えていたからではないでしょうか。コリント教会の人たちは、ただ偉大なローマのようにというのではなく、イエスさまの愛に生きる群れとして、自身の立ち位置を覚えなければならなかったのです。

 そのように聞くならば、パウロのために祈ることは、他の人たちのために祈ることでもあると、パウロのこの言い方の意味が伝わって来るではありませんか。ローマにも似た、大きく重い課題が積み重なっているこの現代社会においても、愛と祈りを覚えることは、イエスさまに愛されている者の大きな務めではないでしょうか。私たちも、自分以外のだれかを愛することを、まず、小さな愛から始めようではありませんか。それは主イエスさまを愛することであり、そこから少しずつより大きな愛につながって行くのではないでしょうか。


Ⅲ 主に愛されていることを

 パウロは、「あなたがたに重荷は負わせなかったにしても、私は、悪賢くて、あなたからだまし取ったのだと言われます」(16)と言っています。謝礼を受け取らなくても、パウロは悪賢くて、あなたから騙し取り、むしり取っていると言われていると、パウロはそのことに拘っています。それは、エルサレム教会への援助献金を指しているのでしょうか。パウロはその援助献金について、第一書、第二書ともに、多くのページを割いています。

 巡回伝道者たちは、自分たちが多額の謝礼を受け取っていることに非難が向かないように、非難の矛先を、パウロに向けさせました。パウロは、コリント教会の人たちに「人を愛する者となりなさい」と言う前に、そのような巡回伝道者たちの、サタンの策略を打ち破らなければならなかったのです。パウロの言い分は、「あなたがたのところに遣わした人たちのうちのだれによって、私があなたがたを欺くようなことがあったでしょうか。私はテトスにそちらに行くように勧め、また、あの兄弟を同行させました。テトスはあなたがたを欺くようなことをしたでしょうか。私たちは同じ心で、同じ歩調で歩いたのではありませんか」(17-18)と極めて単純でした。それなら彼らも聞くことが出来るだろうと……。

 巡回伝道者たちがコリント教会をターゲットに活動していたのは、自分たちの存在をアッピールするためであり、名誉と金儲けのためでした。それはグノーシス主義のような異端に共通のことですが、そこには、人を愛してその労苦を思いやり、それぞれの重荷をともに担おうとする姿勢がいささかも見られません。彼らには、イエスさまから愛され、それによって他の人たちを愛するという、キリスト者としての根本的な立ち位置が欠けていたのです。彼らは、イエスさまによる罪の赦しなど、聞いていなかったのでしょうか。パウロは、コリント教会の人たちに、そのキリスト者の根本的な立ち位置に気付いて欲しいと願っているのです。神さまから愛され、それによって他の人たちを愛する、これは、現代の私たちにとっても、極めて大切なことではないでしょうか。

 エレミヤ書には、「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに誠実を尽くし続けた」(31:3)とあります。神さまに創造された私たちは、何よりも創造主なる神さまに愛されていることを覚えなければなりません。その神さまの愛を覚えるなら、神さまがどんなに私たちに誠実であるかを知ることが出来るでしょう。神さまの誠実とは、イエスさまの十字架であり、その誠実に与った私たちにとって、それはそのまま愛と誠実という私たちの立ち位置となり、生き方となるのです。パウロもテトスも、イエスさまによって神さまの民として召し出された者たちは、そのように多くの人たちと接してきました。私たちもと願わされるではありませんか。


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