コリント人への手紙Ⅱ


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主の恵みのもとで
コリント第二 12:6-10
イザヤ書 53:4-6、12
Ⅰ 肉体に一つのトゲを

 巡回伝道者との戦いがヒートアップしています。パウロは、彼らの創作神話に対抗するためか、「天上への旅」という自らの忘我的体験まで持ち出しました。しかしパウロは、自分が過大評価されることを恐れて詳細を語ろうとはせず、「たとい私が誇りたいと思ったとしても、愚か者にはなりません。真実のことを話すのだからです。しかし、誇ることは控えましょう。私について見ること、私から聞くこと以上に、人が私を過大に評価するといけないからです。また、その啓示があまりにもすばらしいからです」(6-7a)と、自分の誇りについて、もう一段階レベルを引き上げます。

 パウロは、自分が高く評価されることより、主ご自身が高く評価されることを願ったのです。
 「そのために私は、高ぶることのないようにと、肉体に一つのとげを与えられました。それは私が高ぶることのないように、私を打つための、サタンの使いです」(7)とパウロは、自ら分の身に起こった出来事を持ち出しました。パウロの身に起こった出来事、それは「主からの啓示」でした。イエスさまはパウロの全人格を、その容貌や欠陥まで含め、全てご自身の啓示とされたのです。そして、その「啓示」が、パウロを大きく変えました。「私が高ぶることのないように」とありますが、ここから、自分自身の弱さについて、パウロがどれほど悩んでいたかが伝わって来るではありませんか。「主からの啓示」には、それほどの内容が詰まっていたのです。それは、悩み苦しむ者の側にいて、ご自身も傷つき悩まれた主だからこその奥深い啓示なのでしょう。聖書を読むとき、その奥深いところまで聞き取ることが出来るようになりたいではありませんか。

 この「トゲ」がどのようなものであったか、多くの註解者たちはいろいろと想像していますが、ある人はそれを「てんかん」であったと言い、また他の人たちは「マラリア」「目の不自由」「どもり」「せむし」「うつ病」「精神的疾患」等、色々と言っています。外典「パウロ行伝」には、ちんちくりんの目っかちを想像させるような描写もあります。「肉体のトゲ」と「サタンの使い」は不用意に結びつけていいものではありませんが、少なくともここでは、その二つが同格に並べられていることから、それがパウロの個人的苦しみの原因であったことは間違いないでしょう。パウロはその貧弱な外観から不評を被っていたようですが、そのために、かなり苦しみ悩んでいたと思われます。


Ⅱ 弱さの内に主が

 「このことについては、これを私から去らせてくださるようにと、三度も主に願いました」(8)とあります。恐らく、その「肉体のトゲ」が、教会の人たちからあれこれと噂され、彼を苦しめていたのでしょう。「三度も」とは、何度も何度も……という意味です。しかし、どんなに願っても、その願いは聞き届けられません。ついに主から、「わたしの恵みは、あなたに十分である」(9)とまで言われてしまいます。前回、キリスト者たちの中でも、「重い病気にかかった人が奇跡的に癒やされたら、それは神さまが祈りを聞いて下さったからだと、それを信仰の事柄として共有する傾向がある」と言いましたが、「死」につながる病という不安を解消しようと、宗教は、古くからそのように人々の心を掴んで来ました。その宗教が、現代も姿形を変えて息づき、イエスさまを信じる私たちの信仰の中にも入り込んで、それを「主の恵み」と勘違いさせているのです。しかし、聖書が語る「主の恵み」は、断じてそんな原始宗教にも似た迷信ではないのです。そのような迷信の中でパウロの祈りが聞かれたなら、イエスさまは、まるで巣鴨の「とげ抜き地蔵」のように、その像が祀り飾られ、それをなで回す参拝者たちが後を絶たないことになるのではないでしょうか。欧州の古い教会にも、そんなキリスト像やマリヤ像があり、それにまつわる古い迷信がいくつもあるようです。巡回伝道者たちがコリント教会に持ち込んでいた「信仰」は、そういう「宗教」でした。

 「諸国を巡回しているユダヤ人の魔よけ祈祷師の中のある者たち」(使徒19:13)が、パウロが行なっていた奇跡を見て、「自分たちにもその力が欲しい」と願ったようですが、勿論そんなことが叶う筈もありません。恐らく、「宗教」には、根底にいつもそんな願いがあるのでしょう。しかし、「聖書」を手にする私たちキリスト者の「主の恵み」に立つ在り方は、魔術師のような宗教者とは断固一線を画した、それは先輩たちも培ってきたものですが、知性的なものなのです。キリスト者の拠って立つ信仰とは、私たちの罪のために十字架に死んで下さったイエスさまのロゴス(知性)に裏打ちされた、パウロが「異言で一万語話すよりは、知性を用いて五つのことばを話したい」(コリント第一14:19)と語った、知的信仰にあると覚えたいのです。

 パウロが自分の「肉体のトゲ」を、高ぶることがないために与えられた「サタンの使い」と表現したのも、それがパウロに与えられた「主の恵み」であったからでしょう。それが「主の恵み」であることに気付かず、その「恵み」に立たず、ひたすらイエスさまを信じる信仰に留まるのでなければ、これら魔術師たちや諸宗教家と同じになってしまうと言っているのでしょう。パウロはそんなサタンの巧妙な策略に思いを巡らし、自らの「肉体のトゲ」を、「主の恵み」と受け止めました。


Ⅲ 主の恵みのもとで

 様々な苦難に遭遇したパウロは、何度も何度も「このトゲを取り去ってください」と祈り、その行き着いた「弱さ」の中で、主から「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである」(9)と聞きました。そのように聞いたパウロに、もはや迷いはありません。「ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう」(9)とパウロは、キリスト者としての自らの立ち位置を確立しました。

 パウロにとって、神さまの世界(天上の世界)を見たことより、神さまご自身である主が私に素晴らしい恵みを与えて下さったと、そのことの方がずっと誇りでした。その恵みは、こんなにも悟るに遅く、肉体的にも弱い自分にとって、十分過ぎる恵みではないかと……。恐らく、この時点でパウロは、自らの生と死のすべてを恵みの主に委ねる決心をしたのでしょう。「弱さを誇る」という言い方には、そんな、イエスさまに罪赦された信仰者としてのパウロの全てが詰まっているように感じられてなりません。

 「喜んで私の弱さを誇ろう」とは、コリント教会の人たちばかりか、現代の私たちに向かう宣言ではないでしょうか。その宣言は、さらに、「ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです」(10)と、更に明確に大きく膨れ上がっていきます。「主の恵みに立つ」という生き方は、現代のキリスト者にとっても、最も基本となる生き方でしょう。そこに立って、注がれる主の恵みをほんのわずかでも感じ取ることが出来るなら、その恵みの大きさがどれほど広がっているかを、まるでたぐり寄せるように、次々と見つけることが出来るでのではないでしょうか。パウロのこの「弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難」という描写は、11:23-27に描かれている驚愕すべき労苦を反復したものですが、私たちもまた、疲れ、時には立ち止まってしまうような、重い重い人生を歩んでいます。けれども、そんな私たちにもイエスさまは、「すべて疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」(マタイ11:28)と言って下さるのです。人はイエスさまのもとで、はじめて本当の安息を得ることが出来るのではないでしょうか。なぜなら、イエスさまは、私たちのその重荷を負って下さるからです。重荷ばかりではなく、実は、神さまのもとで本当には憩うことが出来ない、私たちの最も根源的な罪さえも負って下さったのです。預言者イザヤは、「私たちはみな、羊のようにさまよい、それぞれ自分勝手な道に向かって行った。しかし、主は私たちすべての者の咎を、彼(苦難のしもべ=イエスさまのこと)に負わせた」(53:6)、「彼は多くの人の罪を負い、背いた者たちのために、とりなしをする」(同12)と証言しています。時代を超えて、先輩キリスト者たちは、そのところに立ち続けてきました。私たちもまた、その同じ信仰を共有し、主の恵みのもとで真に憩う者でありたいと願います。


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