コリント人への手紙Ⅱ


25
祈り合う者と
コリント第二  8:7-15
出エジプト記 16:9-12
Ⅰ 信仰の試金石として

 パウロは今、「あなたがたはすべてのことに、すなわち、信仰にも、ことばにも、知識にも、あらゆる熱心にも、私たちからあなたがたが受けた愛にあふれています。そのように、この恵みのわざにもあふれるようになってください」(7)と、コリント教会の人たちに、エルサレム教会への援助献金を勧めています。パウロは、テトスから聞いたコリント教会の現況に言及しながら、マケドニヤの諸教会が志している「愛の心」の実践に加わるようにと勧めているのです。しかしながら、ここある「あなたがたは……、信仰にも、ことばにも、知識にも、あらゆる熱心にも、私たちからあなたがたが受けた愛にあふれています」は、コリント教会という仲間内のことだけだったのでしょうか。パウロは、「この恵みのわざにもあふれるようになってください」と、改めてコリント教会に他教会への援助献金の勧めをしています。「自分たちの教会だけ」という狭い意識に陥りがちなコリント教会には、他の教会に目を向ける必要がありました。彼らが陥っていた律法主義やグノーシス主義には、「愛の心」の実践という意識に欠けるところがあったようです。そもそも、彼らの教師・パリサイ人や巡回伝道者たちは、徹底的に自己中心的で、他者への思いやりなどなかったのです。

 パウロは、マケドニヤの教会もアジヤの教会もあなたがたのために祈っているのだから、あなたがたもそれらの教会のために祈り、心に愛を溢れさせて、「そのように、この恵みのわざにもあふれるようになってください」と勧めています。それこそ、主から恵みを頂いた者たちの立ち方ではないでしょうか。イエスさまの教会はそこ一個で立っているのではなく共同体であって、他の人たちを愛し、その人たちのために祈ることで、イエスさまを信じる信仰も育って行くのです。他者のために祈り、愛の心を注いで行くことで、恵みのわざを溢れさせることが出来るのです。他者への心遣いは、そこから始められなければなりません。パウロはそれをコリント教会の人たちに願っていたのでしょう。エルサレム教会のために献金することは、彼らの信仰の試金石でした。献げることで、彼らが思いもしなかった、イエスさまを信じる信仰の高嶺へと登って行くことが出来るのですから……。


Ⅱ 二枚のレプタ銅貨を

 パウロは、コリント教会の産みの親、また使徒として、権威を振り翳そうとしているのではなく、「ただ、他の人々の熱心さをもって、あなたがた自身の愛の真実を確かめたい」(8)と付け加えています。多くの註解者は、「あなたがたの愛」という言い方が繰り返されているのは皮肉だろうとしていますが、たとえ彼らの中に「パウロへの愛」(7:7)が認められなくても、「あなたがたへのパウロの愛」(2:4)が認められるならば、その愛には「何かしら応えるべきものがあるというデリケートなほのめかし」がある(「第二コリント書の神学」)と言っています。パウロは、彼らの中に、イエスさまの恵みを見ようとしているのでしょう。「あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです」(9)とあるイエスさまの「貧しさ」は、十字架において完成された神の御子の受肉(ピリピ書2:6以下)を言っているのですが、現代の私たちもが「富む者=神さまの恵みに満たされた者」とされたのは、その十字架によって罪を赦されたからに他なりません。ですから、恵みを他の人たちと分け合うのは、キリスト者にふさわしいのです。

 この恵みについて、パウロは二つの補足をしています。一つは「この献金のことについて、私の意見を述べましょう。それはあなたがたの益になることだからです。あなたがたは、このことを昨年から、他に先んじて行なっただけでなく、このことを他に先んじて願った人たちです。ですから、今、それをし遂げなさい。喜んでしようと思ったのですから、持っている物で、それをし遂げることができるはずです。もし熱意があるならば、持たない物によってではなく、持っている程度に応じて、それは受納されるのです」(10-12)とあるところです。「このことを昨年から……」とは、第一書16:1~で言及した献金の勧めのことですが、恐らく、まだわずかだった献金を、パウロは一度エルサレム教会に届けています。第二次伝道旅行を終えて、コリントを去ったときのことです。その後、だんだん内向きになって行ったコリント教会に、パウロは、帝国内の全教会を、祈りにおいて、援助において、愛において支える教会になって欲しいと願っていたのでしょう。そう願うなら、彼らは豊かに富む者とされ、全教会の中心的存在になるだろうと、パウロの内で期待が膨らんでいたのです。他教会を支えるという志を全うしなさいと勧めたのは、多くの問題を抱えたコリント教会にも、まだ望みがあると見ていたからではないでしょうか。「持っている程度に応じて……」とあるのは、「貧しい人たち」を念頭に置いてのことと思われますが、これは神さまへの献げ物ですから、たとえ貧しくても、喜んで差し出すなら、その可能性は広がっていくのです。エルサレム神殿で、貧しいやもめがレプタ銅貨二枚を差し出すのを見て(ルカ21:1-4)、イエスさまが「(彼女は)誰よりも多く……」と言われたことを、忘れてはならないでしょう。


Ⅲ 祈り合う者と

 もう一つの補足は、「私はこのことによって、他の人々には楽をさせ、あなたがたには苦労をさせようとしているではなく、平等を図っているのです。今あなたがたの余裕が彼らの欠乏を補うなら、彼らの余裕もまた、あなたがたの欠乏を補うことになるのです。こうして、平等になるのです。『多く集めた者も余るところがなく、少し集めた者も足りないところがなかった。』と書いてあるとおりです」(13-15)とあるところです。コリント教会の人たちは、エルサレム教会のことばかりでなく、他教会のことなど知りたいとも思っていなかったのでしょうか。「なぜエルサレム教会に献金を? 彼らが楽をするために、自分たちが貧しくなるのか」という不満が膨れ上がっていたようです。エルサレム教会から状況説明や援助要請があったなら、そこまで不満を膨らませることもなかったのでしょうが、エルサレム教会からは、要請はおろか、海外の教会を視野に入れた、祈りの姿勢さえ見えて来ないのです。そこには、コリント教会だけでなく、エルサレム教会自体の問題もありました。乏しい中から献金を捻出したのは、マケドニヤの教会であり、アジヤ各地の教会でしたが、パウロは、マケドニヤの教会が「自ら進んで、力に応じ、いや力以上にささげた」(3)と付け加えています。献げようともしないコリント教会には、「不平等」を口にする資格さえないのです。献金を持ってエルサレムに向かった使節団一行の名簿(使徒20:4)には、コリント教会から派遣された人々の名前がありません。残念ながらコリント教会は、歴史に「愛なき教会」と刻まれてしまいました。コリント教会にも似た現代の教会を、果たして歴史は、どう評価するでしょうか。コリント書が現代に問いかけている諸問題を、私たちは、自分たちの問題として、真摯に受け止める必要があるでしょう。

 パウロは、エルサレム教会に、異邦人教会から献金をと熱心に願いました。それは、援助献金というよりむしろ、一つ一つの教会が心を通わせて一つ思いになるという、共同体意識の構築だったのです。イエスさまの教会は、本来、一つの群れなのです。当時、そう広くはない地域に建てられた個々の教会には、「同じ一つの群れ」という意識がありました。ところが、恐らくローマ帝国の属州区分によると思われますが、地域が違うと途端に接点がなくなるという現状があって、「キリスト教会」と名がついていても、その意識がバラバラになりかけていたのでしょう。パウロは、「今あなたがたの余裕が彼らの欠乏を補うなら、彼らの余裕もまた、あなたがたの欠乏を補うことになる」と、一世紀中頃の初期教会時代に、イエスさまの信仰共同体という原則を、確立しようとしていたのかも知れません。「多く集めた者も余るところがなく、少し集めた者も足りないところがなかった」の引用は、荒野で神さまがくださった「マナ」(出エジプト記16章)のことですが、「平等」とは本来、神さまに注がれた恵みをどう受け止めるかにかかっているのではないでしょうか。パウロが願ったのは、「主に愛された者が互いに支え合い、祈り合う」という、ごく単純なことでした。現代の私たちも、主に愛されているという恵みのもとで、他者のために祈り、愛の手を差し出す者でありたいと願わされます。そのように歩んでおられる兄弟姉妹が、私たちの身近に何人も何人もおられます……。


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