コリント人への手紙Ⅱ


14
主とともにある歩みを
コリント第二 5:1-10
詩 篇  116:8-19
Ⅰ 天の住まいに

 4:7から始まる「希望の章」の、今朝は最終フレーズです。それは、「私たちの住まいである地上の幕屋がこわれても、神の下さる建物があることを、私たちは知っています。それは、人の手によらない、天にある永遠の家です」(1)と始まります。「地上の幕屋と天にある永遠の家」、この対立構造は、前回「外なる人と内なる人」(4:16-18 )でも触れたことですが、それこそ、コリント教会の人たちが抱えている問題でした。第一書では、何度も「神さまの御霊」によって生きよと勧められていましたが(6:19-20、15:43-)、第二書でも、「信仰の霊」によって生き生きと主の栄光を反映させる自由(3:16)について触れています。第一書で詳しく記されているように、コリント教会では、「血肉のからだ」のまま欲望に走ってしまった人たちの分裂分派の争いから、パウロへの反発が渦巻いていたのですが、パウロの「涙の手紙」を読んだからでしょうか、その人たちが変わり始めていました。少しづつですが、「神さまが下さる建物」に心を寄せ始めていたのです。「涙の手紙」を届けたテトスが、帰りを遅らせてまで、パウロを弁明し、懸命に働いたことも、大きな要因だったのでしょうか。マケドニヤにいたパウロは、戻って来たテトスからその報告を受けて喜び、この第二書を、再度テトスに託しました。「希望の章」は、そんなパウロの思いの中で生まれたのです。

 この手紙が宛てられた先は、おもに、コリント教会で教師をしていた、ディアスポラのユダヤ人たちでした。ですからパウロは、ここで、「幕屋」ということばを使っているのです。「幕屋」とは、イスラエルがカナンを目指して移動していたときに用いていた仮住まいのテントのことですが、特にここでは、その中心に設営された「聖所」を指しています。後に、カナンの高度な文化を模した「エルサレム神殿」が建てられましたが、それでも彼らは、「幕屋」の時代を忘れてはいません。どんなに立派な神殿を建てても、それはやがて失われてしまうことを、自分たちの歴史を通して実感していたからです。コリント教会の人たちも、身近にいたユダヤ人たちを通して、そのことを知っていました。コリント市内にある異邦の神殿に匹敵する、立派な教会堂建設を目指していたコリント教会の人たちにとって、「天にある永遠の神さまの住まい」をイメージすることは、差し迫った課題でした。パウロは、立派な会堂より、「天にある永遠の神さまの住まい」に目を留めよ、と言っているのです。


Ⅱ 見るべきものは

 「私たちはこの幕屋にあってうめき、この天から与えられる住まいを着たいと望んでいます」(2)とこれは、「天にある永遠の住まい」に目を留めよというコリント教会への勧めですが、パウロは、「この幕屋にあるうめき」こそ、「天の住まいへの希望」であると言っているのでしょう。この時はまだ一部のユダヤ人によるものでしたが、キリスト者迫害への兆しが、ギリシャ・ローマ世界にじわっと広がっていました。パウロが予定を早めてエペソからマケドニヤに移ったのも、そんなギリシャ市民の反発があったからです。キリスト者迫害はネロ帝からと錯覚しがちですが、ギリシャ系シリヤ人とユダヤ人との激しい争いが64-70年のユダヤ戦争につながり、当時、キリスト教もユダヤ教の一派と見られていましたから、その抗争に巻き込まれたことも起因しているようです。パウロは、彼らの肉体を「地上の幕屋」になぞらえているのですが、恐らく、それをさらに、イスラエルが遭遇して来た、そして、今まさに彼らに襲いかかろうとしている、苦難や分裂や四散に重ね合わせているのでしょう。世界は次第に、キリスト者たちを目の敵にし始めています。この世の神・サタンが敵対視するキリスト者たちにとって、安心して住める場所など、地上のどこにもないのです。

 パウロは、「確かにこの幕屋の中にいる間は、私たちは重荷を負って、うめいています」(4)と言っていますが、さらに、「この天から与えられる住まいを着たいと望んでいる」「それを着たなら、私たちは裸の状態になることはない」(3)と、たたみかけるように彼らを励ましているのです。「裸の状態」とは、地上の幕屋を脱ぎ捨てたままの状態、つまり肉体が滅びて「死んだままの状態」を言っているのですが、パウロは、イエスさまを信じた者は死んだままではないと、確信を持って「死者からの復活」に言及しています。「この幕屋を脱ぎたいと思うからでなく」(4)とは、迫害時の苦しみが尋常ではなかったことを物語っているのでしょう。とげのついた鞭で打ち叩かれるなど、パウロの受けた迫害は、それはそれはひどいものでした。しかしパウロは、いのちを否定する死ではなく、「かえって天からの住まいを着たいからです。そのことによって、死ぬべきものがいのちにのまれてしまうためにです」(4)と、希望を語っています。イエスさまの十字架によって神さまと和解したキリスト者の死は、いのちに至るのです。パウロは、「私たちをこのことにかなう者としてくださった方は神です。神は、その保証として御霊を下さいました」(5)と言っています。イエスさまを信じる者の死は、永遠のいのちに与るものであると、それは神さまが保証して下さったことです。


Ⅲ 主とともにある歩みを

 それは、「あなたはこれを信じるか?」と、問われていることでもあります。しかしパウロは、コリント教会の人たちが、その問われている「信仰」にある種の危惧を抱いていることも知っていました。現代人も、信仰は人間の思い込みによるものと切り捨てているのですが、それは、絶対他者を認めないところで生じる危惧であり、肉体の生という限定的制約の中で歩む者の、宿命的弱さなのかも知れません。パウロはそんな者たちに、「そういうわけで、私たちはいつも心強いのです。ただし、私たちが肉体にいる間は、主から離れているということも知っています。確かに、私たちは見るところによってではなく、信仰によって歩んでいます。(NTD:それにも拘らず)私たちはいつも心強いのです。そして、むしろ肉体を離れて、主のみもとにいるほうがよいと思っています」(6-8)と言い添えています。NTDの註解者は、8節の頭にあるギリシャ語の「しかし」という接続詞を、忠実に訳出しました。それは、「肉体に縛られて、永遠の神さまを思うことの出来ない者たちが抱える弱さにもかかわらず」という意味なのでしょう。キリスト者に内在する、イエスさまの現在化である聖霊なるお方は、私たちが想像することも出来ない「永遠の主の御国に迎えられる希望」を私たちに与え、私たちから「死」への恐れを払拭して下さるのです。しかし、イエスさまを信じながら、未だにその信仰を明確に理解することが出来ず、しばしば、まるで神さまがいないかのように振る舞ってしまうのは、私たちの弱さなのかも知れません。

 しかし、だからと言って、イエスさまが私たちから離れているわけではありません。「イエスさまを私の救い主と信じます」という信仰告白は、たとい明確なものでなくても、確かに、内在される聖霊の働きによるもので、その信仰告白は、私たちを永遠の主に結びつけてあまりある主の恩恵なのです。その恩恵に身を委ねるなら、多少時間がかかっても、主はあらゆる危惧や不安を私たちから取り去って下さるでしょう。パウロが、「そういうわけで、肉体の中にあろうと、肉体を離れていようと、私たちの念願とするところは、主に喜ばれることです。なぜなら、私たちはみな、キリストのさばきの座に現われて、善であれ悪であれ、各自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けることになるからです」(9-10)と、肉体に縛られながらも主に喜ばれる歩みをするように勧めているのは、どんな場合にも主に見られていることを意識し、〈いつの日にか天上で主の前に立たされることを忘れてはならない〉という、信仰者への心遣いなのでしょう。さまざな弱さを抱える私たちも、永遠なるお方の前に立つことを心待ちにし、感謝と賛美を主に献げながら、みことばに聞く日々を喜びの中で過ごそうではありませんか。4:13で「私は信じた。それゆえに語った」と引用された詩編116篇には、「『私は大いに悩んだ。』と言ったときも、私は信じた」(10)とあります。これは、様々な問題を抱えた中でのダビデの賛歌と思われますが、パウロはそこに自分の思いを重ね合わせたのでしょう。同じ詩編116篇に、「主の聖徒たちの死は主の目に尊い」(15)とあります。それは、バビロン捕囚時にシナゴグの礼拝で語られた預言者のメッセージと思われますが、預言者自身も多くの悩みを抱えながら死を覚悟し、地上の幕屋を失った(死の)先に希望があると教え諭したのでしょう。同じ悩みを抱える私たちも、主と御霊の助けを頂きながら、主とともにある日々の歩みを志そうではありませんか。


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