コリント人への手紙Ⅰ


12
主の喜ぶお顔を
コリント第一   4:1-5
Ⅱサムエル 24:10-14
Ⅰ 主の家の管理者として

 パウロがコリント教会の人たちにこの手紙を書き送ったのは、第一に、「私はパウロにつく」「わたしはアポロにつく」と、彼らがそれぞれの教師を選んで、分裂分派の争いに明け暮れていたことを戒めるためでした。パウロは言います。「私はパウロにつく、私はアポロに……」などと言っているようでは、「あなたがたはただの人ではないか」(3:4)と。「ただの人」とは「生まれながらの人間そのもの」を指すことばであって、「あなたがたは、キリストのものではないのではないか」という意味を含んでいるのでしょう。そして、彼らが見つめなければならない何よりも大切なことは、「神さまが成長させてくださる」ことなのだと言及します。「パウロが植え」「アポロが水を注いだ」だけであると。けれども、分裂分派の争いに夢中になっている人たちに、そのことばは届いていきません。もともと、その争いは、パウロの使徒職に対する疑問から生じたという経緯があったからなのでしょう。コリント第二書には、彼らが「パウロの手紙は重みがあって力強いが、実際に会ったばあいの彼は弱々しく、その話しぶりは、なっていない」(10:10)と、言い合っていたことが取り上げられています。パウロの外見がいかにも貧素だったことも、関係しているのかも知れません。外典の「パウロ行伝」には、「オネシポロという名のひとりの男が、……やって来た小柄で頭がはげ、足がまがり、健康そうで、しかめ面をし、鼻が高い……パウロを見つけた」と描写されています。

 パウロは、福音の名誉のために、そんな彼らの不信感を払拭しようと、こう言いました。「こういうわけで、私たちを、キリストのしもべ、また神の奥義の管理者だと考えなさい」(1) パウロは、よみがえりのイエスさまから直接、異邦人の使徒として召し出され、神さまの啓示者として働いて来たのですが、アポロを引き合いに出して、自分の使徒性を主張しようとはしていません。「管理者(オイコノモス)」は、基本的に「家(オイコス)を管理する者」、つまり「家令」とか「執事」という意味ですから、主人からその家の管理実務を任されている人のことを指し、しばしばそれは、子飼いの奴隷が務めていました。ここに用いられる「しもべ」は、「召使い」であって、「奴隷」ではないのですが、「奴隷」は主人の権威を最大限活用しますから、そのニュアンスを避けたのかも知れません。当時、貴族や大きな家を構えて召使いを持つ人たちは、それぞれに執事を抱えていましたから、コリント教会の人たちに、執事は馴染みのある職務でした。しかしパウロは、それを自分に当てはめ、「神さまの奥義の管理者」と位置づけたのです。奥義とは、一般に知られることのない秘儀のことですが、「神さまの」となりますと、「十字架を中心とする救いのご計画」と言っていいでしょう。


Ⅱ 主の前に立って

 伝道者として召されたパウロは、この神さまの奥義を人々に伝える務めに任じられたと、心に刻んでいました。「このばあい、管理者には、忠実であることが要求されます」(2)と言っているように、それは、どんな状況下においても、忠実に果たすべき職務です。その意味で、使徒職も管理者も同じですが、パウロは「オイコノモス」ということばを用いることで、彼が持つ「神さまの権威」というニュアンスを、和らげようとしているのでしょう。彼らコリント教会の人たちは、パウロが自分たちを支配しようとしているのではないかと疑っていました。いや、疑っていただけではなく、パウロの使徒職という権威を葬り去ろうとしていたのです。彼らの分裂分派がどのように始まったのか、この講解説教3で、「アポロ派やペテロ派が誕生した後に、パウロを信奉するグループもそれに対抗するように形成されたのだろう」と簡単に触れましたが、もう少し詳しく言いますと―あくまでも想像ですが―、ユダヤ本国でペテロに傾倒していたユダヤ人キリスト者たちがディアスポラとなってコリント教会に入り込んで来た時、自然発生的に「ペテロ派」が誕生し、それに伴ってギリシャ人のキリスト者たちがアポロを担いで「アポロ派」を立ち上げ、「パウロ派」や「キリスト派」は否応なく派閥とみなされるようになり、それがやがて本物の派閥になったということなのでしょう。そして、そんな派閥の力関係が、たとえば「会堂建設」などの動きに合わせて激しくなって来ますと、コリント教会誕生時から指導的位置にいた、「パウロ派」を排除しようとする動きに結びついたのではないでしょうか。

 そう聞きますと、「私にとっては、あなたがたによる判定、あるいは、およそ人間による判決を受けることは、非常に小さなことです。事実、私は自分で自分をさばくことさえしません。私にはやましいことは少しもありませんが、だからといって、それで無罪とされるのではありません。私をさばく方は主です」(3-4)というパウロの主張も、頷けるではありませんか。コリント教会の人たちがパウロに問題ありとするのは、彼自身に起因しているのではなく、彼らの意識によるのです。しかし、それでもパウロが立っているのは神さまの前であって、自分に問題なしとはしていません。パウロは彼らに、自分の立ち方に倣って欲しいと、パフォーマンスで言ったのでしょうか。そうではないと思います。どのような罪かは分かりませんが、神さまの前に立って、心底、自分には罪があると感じていました。ですから、その罪は神さまに裁いて欲しいと願ったのでしょう。基本的には、イエスさまの十字架によってその罪は赦されているのですから……。かつて、罪を犯したダビデのもとに預言者ガドが遣わされて、「七年間のききんが、あなたの国に来るのがよいか。三か月間、あなたは仇の前を逃げ、仇があなたを追うのがよいか。三日間、あなたの国に疫病があるのがよいか。今、よく考えて選べ」と言われた時、彼は、「主の手に陥ることにしましょう。人の手に陥りたくありません」と言いました(Ⅱサムエル24:11-14)。パウロもダビデも、神さまを見ていて、神さまに一切を委ねていたのです。


Ⅲ 主の喜ぶお顔を

 神さまを見て、神さまに一切を委ねる。パウロは、そのことを―これが信頼するということなのでしょうが―、コリント教会の人たちに望みました。「(彼自身の)罪」については、パウロはありったけの誠実をもって、神さまの前に立ちました。そこには、コリント教会の人たちが分け入る隙間はありません。それは、神さまとパウロの問題なのです。けれども、神さまを見て、神さまに信頼することについては、どうか私を模範にして欲しいと願ったのでしょう。ですから、彼らにこう言いました。「あなたがたは、主が来られるまでは、何についても、先走ったさばきをしてはいけません。主は、やみの中に隠れた事も明るみに出し、心の中のはかりごとも明らかにされます。そのとき、神から各人に対する称賛が届くのです。」(5) ここでパウロは、「主が来られるまで」と言って、終末を見据えながら、「主」をイエスさまのこととしています。神さまを見つめ、神さまに信頼するとは、イエスさまを見つめ、イエスさまに信頼することなのです。パウロがイエスさまから使徒に任じられたとするのは、自分を主のことばを伝える啓示者であるとしたからですが、その意味で、似ているようですが、使徒職と管理職は全く異なる職務なのです。ここで見つめるべきは、「キリスト」としたそのお方のことばであって―パウロが伝えている福音―、それは救いとさばきに関することですが、何よりもそれを聞いて欲しいと、ここから、そんなパウロの意識が伝わって来るようです。

 イエスさまに目を留めるなら、目先の利益などという事柄から解放されるのです。それは、永遠の世界に招かれることなのですから。主を見つめ信頼する時、分裂分派の争いなど、小さなことでしかないのです。ところが、救い主イエスさまを見ようとしなければ、見つめるものは人間、とりわけ、自分を中心とする人間になってしまいます。コリント教会の問題の中心点は、他の人たちが自分を見てどう評価するかということでした。ですから、分裂分派の争いは、自分たちの陣地に人を取り込むことを最優先にしています。しかし、他の派閥よりも自分たちの陣営のほうが多いぞと、少しでも多くの人を取り込むことに、それほどの価値があるのでしょうか。教会・エクレーシアは、イエスさまを主とし、頭とする信仰者の愛の交わりであって、派閥とは違いますが、現代の多くの教会は、そんな構図になっているのではないでしょうか。主のため息が聞こえるようです。ため息をついている主をではなく、私たちを迎えて喜んでくださる主のお顔を拝したいと願います。それこそが、信仰者の本領ですから……。



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