2008 Christmasu Message



2017年・受難週

主の十字架と

コリント第一    1:18
エレミヤ書 15:19−21

T 世界中の教会とともに

 受難週を迎えました。今週はみことばと祈りのうちにイエスさまの十字架を思いつつ、来週のイースターを迎えたいと思います。もっとも、この受難週は、ローマ・カトリック教会の教会暦によるもので、イエスさまの記念碑とでも言うものですが、教会暦を持たないプロテスタント教会もこの日をイエスさまの受難週として受け入れ、国や民族、教団、教派の相違に関係なく、この週をイエスさま十字架を思う、祈りの週としています。この小さい群れも、一つの告白共同体として、世界中の過去、現在、未来に渡るすべての教会と共に、この礼拝で主の受難を覚えたいと思います。

 パウロは、教会伝承の中心を、次のようにまとめました。「キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと」(15:3-4)と。今朝は、そのパウロ神学の中心を、「十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには神の力です」(1:18)というところから探っていきたいと思います。

 コリント人への手紙の講解説教4で聞いたことを、一部繰り返してみましょう。「ここに言われる『愚かさ』『弱さ』は、『神さまの愚かさや弱さ』であって、理性をもって他の動物に勝る賢さと強さを手に入れたとする人間に対比させています。神さまの賢さと強さは人間の基準とは異なるのだと。そしてもう一つ、逆説的な言い方ですが、『わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである』(Uコリント12:9)とあるように、この『愚かさと弱さ』は、神さまの啓示の場所でもある」のです。この「愚かさ」とか「弱さ」は、現代、しばしば無視されがちですが、イエスさまの名が冠せられる教会で、そのような価値観を通用させてはなりません。弱い人たちを受け入れてこその、イエスさまの教会なのですから。パウロは、教会をキリストの身体に譬えてこう言いました。「からだの中で比較的に弱いと見られる器官が、かえってなくてはならないものなのです」(12:22)、「もし、一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみます」(同26)と……。これはコリント教会が貧しい人や弱い人たちを排除していたことを戒めたものですが、これこそがイエスさまを主と告白する教会の、真の姿でしょう。

 教会のそのような価値観は、どこから来ているのでしょうか。パウロが、世の人々には愚かに見える十字架こそ私たちには救いの力だと力説しているように、それは、イエスさまの十字架に起因するのです。


U 弱さの中にある者のために

 かつて、バビロン侵攻の脅威におびえたイスラエルに、「バビロンに囚われていのちを得よ」と神さまのメッセージを語った預言者エレミヤは、そのメッセージのゆえに同胞から憎まれ、激しい迫害にさらされて命の危険を覚えた中で、神さまのことばを聞きました。「わたしがあなたとともにいて、あなたを救い、あなたを助け出すからだ」(15:20)と。イエスさまの救いはまさにこのようでした。弱さを抱え、苦しみと悩みの極限で神さまに向かって叫ぶとき、神さまはその叫びを聞いて下さり、そして、「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを確かに見、追い使う者の前の彼らの叫びを聞いた。わたしは彼らの痛みを知っている」(出エジプト3:7)と言って下さるのです。その慰めのことばは、たくさんの痛みと哀しみの中に生きている現代の私たちにも……なのでしょう。

 「ことば」は、「初めに、ことばがあった。……すべてのものは、この方によって造られた」(ヨハネ福音書1:1-2)とあるように、神さまとともに世界の創造に携わった「先在のロゴス」なるお方のことで、人となって世に来られたイエスさまを指しますが、ヨハネはそのお方を、こう証言しました。「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。……この方は恵みとまことに満ちておられた」(1:14)と。その証言は、彼がパトモス島に流罪されていたとき、イエスさまにお会いして示されたものでした。イエスさまが下さった溢れんばかりの恵みは、十字架に死なれたご自身のいのちに他なりません。イエスさまは、ご自分のいのちを私たちに下さったのです。どのように? ローマの十字架刑は重罪犯に対する見せしめの処刑でしたが、そのあまりのむごたらしさに、ローマの市民権を持つ者には適用されなかったほどの極刑でした。それは、神さまの裁きの座に立たなければならないと、死の恐怖におびえる多くの人たちの身代わりとなって、「わたしが身代わりに死んだ」と弁護して下さる、イエスさまのお姿でした。「罪の赦し」が、イエスさま十字架の意味なのです。

 イザヤ書53章にこうあります。「まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。」(53:4-6) 「彼は……」と、預言者の胸中には、救い主の苦難のお姿が浮かんでいたのでしょう。


V 主の十字架と

 処刑のときイエスさまは、ピラトの官邸から処刑場のゴルゴタまで、ご自分が磔けられる十字架を担って歩かれましたが、人の罪を背負うその重さに耐えられず、途中、何度か地に倒れたとあります。その500bほどの道は、「ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)」と呼ばれ、今もその石畳の道を祈りつつ辿る巡礼者たちの姿が絶えません。私も何十年も前にイスラエルを旅しましたが、観光客のごった返す中で一人その道を辿りながら、涙が溢れて来るのを止めることが出来ませんでした。

 ヴィア・ドロローサは、不吉なドクロの形をした岩山・ゴルゴタに至ります。そこは処刑場で、イエスさまは、ご自分が担いで来た十字架に釘で手足を打ち付けられ、磔にされるのです。以前、「聖衣」という映画を見ましたが、手足を打ち付けられるシーンの映像は写し出されずに、ただ渇いて赤茶けた土の色だけが画面いっぱいに広がり、「コーン、コーン」という鎚の音だけが響いていました。その音が「私のために、私のために」と、未だに耳にこびりついています。先週、このメッセージの準備中に、YOU TUBEでバッハの「ヨハネ受難曲」を聞きました。神戸出身の鈴木雅明氏(チェンバロ奏者・神戸改革派教会員)の指揮で、少編成オケと10人ほどの合唱で構成される「バッハ・コレギウム・ジャパン」が、ヨハネ福音書18-19章を、ゲッセマネの園でのイエスさま捕縛からピラトの裁判、ヴィア・ドロローサへと丁寧に語り継ぐように奏で、歌い、終わりの部分で、「聖なるみからだを平安のうちにそこに納めた」と葬りの様子を何度も繰り返し囁くのです。そして最後に、「わが目が汝を拝する日まで、われを安らわせたまえ」と祈り、「神の子よ。わが救い主よ。とこしえに汝をほめまつらん」と頌栄で結ばれます。そこにはバッハの、そして指揮者ばかりか、コレギウム全員の信仰が溢れているように感じました。イエスさまは我が主であると……。音楽には疎い私の心にも響いて来たように、「十字架のイエスさまは、(弱く、悟るに遅く愚かであっても)救いに至る私たちには、神の力です」とのパウロのメッセージが、心の琴線に触れるようでした。

 けれども私たちは、そのイエスさまの十字架と、どう向き合うべきなのでしょうか。藤山一郎の「長崎の鐘」も聞きましたが、そこには、原爆で大切な人を亡くした人々の悲しみの中に、赦しが語られていると感じました。昨年、広島を訪れたオバマ大統領に広島市民は謝罪を求めませんでした。が、そこにも赦しが見られるようです。それは、ある意味で、加害者にもなり得る私たちの、「赦されるのか?」との問いかけであり、「赦してください」との心からの願いでもあるのでしょう。混迷が深まり、戦争が視野に入り始めた今、キリスト者としてイエスさまの十字架と向き合うことに、一層、心しなければならないようです。この受難週にこれは、弱く、痛み、「罪」に苦しむ者に寄り添って下さるイエスさまを「我が主」と告白しつつ、そのお姿とともに、見つめたいことではありませんか。