<イースター>



2016年・復活節2

私の救い主であると

ヨハネ  20:8−9
詩篇 16:10−11


1、一つの信仰に

 先週のイースター・メッセージのテキストに、ヨハネの「見て、信じた」(20:8-9)とする告白を取り上げました。それは、「見て、信じた」その時点で完結したという単独の告白ではなく、「見て信じる」信仰が、「見ずに信じる」信仰、「神さまのことばに聞く」信仰という着地点に到達していくことを言っているのです。しかし、先週だけでは十分に伝えられなかったこともあり、もう一度同じテキストを取り上げたいと思います。

 マグダラのマリヤの証言(11-18)、弟子たちの証言(19-23)、八日後のトマスの証言(24-28)と、イエスさまよみがえりを証言した20章の三つの記事が伝えようとした概要を、繰り返しでおきましょう。マグダラのマリヤには、弟子たちにイエスさまの昇天を伝えよと言われ、弟子たちには、聖霊の息吹とともに世界宣教命令が、トマスのところでは、「わが主、わが神」とする告白に至る経過が語られ、それがそれぞれの記事の中心主題になっているのですが、その一見ばらばらに見える主題が、一つの「見ずに信じる」信仰に集約されているのです。

 そして、マリヤに伝えよと言われた「イエスさまの昇天」は、弟子たちへの聖霊(パラクレートス)の息吹とともに世界宣教命令につながり、イエスさまを「わが主、わが神」とするトマスの信仰告白が、ローマ・ギリシャ世界に建てられたイエスさま共同体が確立しなければならない喫緊の課題であったことを考えますと、ヨハネが見ていたのは、聖徒たちの中にイエスさまの働きを現在化する助け主(パラクレートス)のお働きで、その方のなさることを、「見ずに信じる」信仰として構築していくことに他なりません。そして、同じことが、現代の私たちにも要求されているのです。そのための課題が何なのかを、私たちも把握する必要があるのではないでしょうか。ヨハネがイエスさまよみがえりを後世に伝えようと思い描いた神学構想は、極めて立体的なものでした。


2、信仰の構築を

 「見て信じる」信仰が、パラクレートスの働きのもとで、「見ずに信じる」信仰に到達していく過程の中で、教会がどのようにその信仰を構築していったのかを、探ってみなければなりません。これはヨハネだけが目指したことではなく、パウロから四世紀初頭のエウセビオスの時代まで継続し、ローマ・カトリック教会という儀礼化、宗教化の全盛時代を除いて、16世紀の宗教改革に繋がって来ます。ヨハネは、教会が儀礼化や宗教化に歩み始めた時代のそんな歩みに抵抗しつつ、単純にイエスさまを信じ告白することこそ大切であると、最後の使徒として、イエスさまの名が冠せられた教会形成の一翼を担おうとしたようです。この福音書に、その痕跡はかすかですが……。

 まず第一に、教会で行われた素朴な「礼拝」が挙げられます。日曜日に聖徒たちが集まって、賛美と祈りとメッセージを中心に行われた礼拝は、そこがイエスさまの教会・エクレシア(呼び出された信仰者の群れ)であることを示す最も顕著な特色でした。主を礼拝することは、「見て信じる」ことのようですが、その中心は「見ずに信じる」ことなのです。第二に、ユダヤ人が伝統的に安息日(土曜日)としていた聖なる日を、イエスさまよみがえりの日・日曜日に定め、その日を「主の日」としたことです。礼拝は「主の日」に、教会で守られるのです。当時のローマ・ギリシャ社会には、日曜日を聖なる日とする習慣がありませんでしたから、「主の日」に聖徒たちが集って礼拝を行なうことには、非常な困難が生じたことでしょう。しかし、彼らは大きな犠牲を払いながら、その日曜礼拝を構築していきました。第三に、イエスさま福音の証言として、旧新約聖書正典を結集し、聖書を信仰の中心に置いたことです。つまり、ともすれば儀礼化や宗教化に陥りがちな教会が、装飾や儀式化を排除し、聖書だけを神さまの啓示の書(神さまのことば)として聞くことが信仰の中核になると、明確に意識し始めたのです。礼拝も、旧新約聖書から語られるメッセージを中心に行われるようになり、「キリスト教会と聖書」という認識が、世間に知られるようになりました。聖書がキリスト教会に絡めて覚えられて来たのは、それぞれの時代の聖徒たちの、聖書信仰に生きた「あかし」ではないでしょうか。第四に、教会が守るべき聖礼典として、聖餐式と洗礼式(バプテスマ)をイエスさまのことばと聞いて来たことが挙げられなければなりません。それらは、「見て信じる」部分でもありましたが、イエスさまを信じる信仰の告白として行われる、「見ずに信じる」信仰の中核を担うものだからです。そもそも、教会・エクレシアは、見えない部分がその本質なのですから。

 そして、賛美も祈りも愛の交わりも、「見て信じる」と「見ずに信じる」ことが見事に融合した信仰の結晶であり、ヨハネが目指した信仰の構築なのだと言えるでしょう。


3、私の救い主であると

 何度も「告白」と言って来ましたが、先週、「そもそも『見て信じる』信仰については、『しるし』を信じる信仰論議(2:23-25)の中で、ヨハネは、イエスさまが『(人間の変わり身について)だれの証言も必要とされなかった』と結論づけている」と聞きましたが、たとえば、「神さまの存在を証明する」といったたぐいの証言は必要ないものの、それが「告白」であるなら、イエスさまは喜んで受け入れてくださるのです。「わが主、わが神」との告白をもって、イエスさまの前にひれ伏したことこそ、礼拝の最も中心なのではないでしょうか。それは、送られた助け主(パラクレートス)のお働きによるもので、よみがえって天に凱旋されたイエスさまを見るように信じた、その信仰の目をもって、イエスさまを仰ぎ見つつ行われた礼拝であったと言えましょう。

 今、ピックアップした、「見て、信じる」と「見ずに信じる」を一つのこととして信仰を構築して来たいくつもの事例は、時代ごとに形態も異なり、時には儀礼化、宗教化といった方向に流されたこともありましたが、それは、「わが主、わが神」と十字架とよみがえりの主の前に膝をかがめる、素朴な告白に裏打ちされた礼拝であり賛美であり祈りでした。そして、その素朴な形態は、現代の私たちにまで脈々と受け継がれて来たのです。しかし、この現代、イエスさまを「見ずに信じる」信仰は、教会に人を集めることが宣教であり、それこそが最大の働きであると、人を見る宗教に替わってしまった観があります。そんな傾向の中で、「(『見て信じる』と『見ずに信じる』信仰の要素を一つに凝縮し、イエスさまのしるしとして書き記して来たのは)イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである」(30-31)とこの福音書を閉じたヨハネに応え、私たちも、「わが主、わが神」と救い主の前に膝をかがめつつ、そのお方だけを見つめたいではありませんか。「(主をよみがえらせてくださった)あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります」(16:11)と、詩篇の記者も歌っているのですから。