2015 Christmas Message


信仰が主に届いて

Uサムエル 7:1−7
 ルカ      1:32

T 神殿建設の願い

 今朝、第一アドベントを迎えました。今年のクリスマス・メッセージは、預言者ナタンによる「ダビデ契約」(Uサムエル7章)を取り上げます。これは神さまの恵みの契約であって、イスラエルがエジプトを脱出した時の、律法を基調とする「シナイ契約」に代わるものですが、イエスさまの福音を予表していると言えましょう。今朝は、その発端となる、ダビデのエルサレム神殿構想を見ていきたいと思います。

 ダビデがサウルに代わってユダの王となり、エルサレムのシオン(「ダビデの町」Uサムエル5:7-10)に住んで、ようやく平和な日々がやって来た時のことです。イスラエルは、ペリシテ人に奪われていた「神の箱」を奪還し、ユダのバアラ(6:2、Tサムエル7:1ではキルヤテ・エアリム)に安置して20年ほど経っています。ダビデはその「神の箱」を自分が住むエルサレム・シオンの町に運び込みましたが(Uサムエル6章)、以来、それは彼の懸案事項となっていたのでしょう。「王が自分の家に住み、主が周囲の敵から守って、彼に安息を与えられたとき、王は預言者ナタンに言った。『ご覧ください。この私が杉材の家に住んでいるのに、神の箱は天幕の中にとどまっています。』すると、ナタンは王に言った。『さあ、あなたの心にあることをみな行ないなさい。主があなたとともにおられるのですから。』その夜……」(1-7)


U 神の箱を

 「神の箱」とは、モーセがシナイ山で頂いた、神さまが十戒を刻まれた、二枚の石板(詳しくは二度目の石版、出エジプト34:27-28)を収めた「あかしの箱」と呼ばれる箱のことで、天幕造りの聖所内に安置されていました(同40:20-21)。これは、イスラエルにとって、神さまのご臨在を証しするもので、イスラエルと神さまとを結ぶ聖なるしるしそのものでした。神さまに仕えるために立てられた大祭司は、この「あかしの箱」の前で、民のために贖罪の祈りを献げていました。

 6章には、「神の箱」がダビデの町に運び上げられた時の喜びが記されています。ダビデは、まるで戦いに出陣するかのように、イスラエルの精鋭三万をことごとく集め(1)、兵士たちばかりか、「自分につくすべての民」を動員しています(2)。5節には、「ダビデとイスラエルの全家は歌を歌い、竪琴、琴、タンバリン、カスタネット、シンバルを鳴らして、主の前で、力の限り喜び踊った」とあります。そのような喜びが13-15、17-19など、「神の箱」をダビデの町に運び上る様子を描く、六章全体に溢れています。ここから、「神の箱」をダビデの町に運び上った時の、ダビデとイスラエル全家が示した歓喜、神さまへのほとばしるような熱い信仰が伝わって来るではありませんか。


V 信仰が主に届いて

 ダビデが、自分はレバノン杉の王宮に住んでいるのに、聖なる箱は未だに天幕に置かれていると預言者ナタンに訴えたのは、その信仰から出たことでした。王宮付きの預言者ナタンは、ソロモン王即位に深く関わり、ダビデやソロモンの業績をイスラエルの公的歴史書・歴代誌にまとめるなど、当時第一の預言者でした。しかし、この「ダビデ契約」が成立した時のその目は、ある意味で、ナタンを通してダビデ王朝の意味を探った、後代の記述預言者たちの目でもあるようです。「旧約聖書神学概説」(フリーゼン)は、誰とは明記していませんが、イザヤ、エレミヤ等の記述預言者たちが旧約聖書の結集や編集に深く関わっている、と指摘しています。ダビデの妻となっていたサウル王の娘ミカルがダビデをなじっていることから(6:20)、この時なお、サウル家を支持する不満分子らが残っていて、統一イスラエルが一枚岩ではなかったことが暗示されています。そのためでしょうか、神さまは、神殿建設をソロモンの時代とされたのですが、ダビデの信仰に応えてか、ダビデ王家の永遠性が担保されています(16、T歴代誌17:14ではより明確に修正されている)。そして、これが、「主はその父ダビデの王位をお与えになる」(ルカ1:32)と、約束のイエスさまご降誕へと続いていくのです。ある意味で、天使ガブリエルや福音書記者ルカも記述預言者の系譜に属し、神さまの救いの計画を共有する啓示者でもありました。クリスマスの時期を迎え、現代の私たちも、今こそ、その壮大な救済計画を策定された、神さまご自身に目を留めなければならないのではないでしょうか。