新年礼拝


2015年新年礼拝(2)
実を結びつつ待つ

立ちなさい。さあ、ここから行くのです。わたしはまことのふどうの木であり、わたしの父は農夫です。わたしの枝で実を結ばないものはみな、父がそれを取り除き、実を結ぶものはみな、もっと多くの実を結ぶために、刈り込みをなさいます。
(ヨハネ 14:31b−15:2)
主がシオンの捕らわれ人を帰されたとき、私たちは夢を見ている者のようであった。そのとき、私たちの口は笑いで満たされ、私たちの舌は喜びの叫びで満たされた。そのとき、国々の間で、人々は言った。「主は彼らのために大いなることをなされた。」主は私たちのために大いなることをなされ、私たちは喜んだ。主よ。ネゲブの流れのように、私たちの捕らわれ人を帰らせてください。涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取ろう。種入れをかかえ、泣きながら出て行く者は、束をかかえ、喜び叫びながら帰って来る。
(詩篇 126:1−6)
1、乳と蜂蜜の流れる地で

 先週、1月4日の新年礼拝で、今年の標語聖句を、ヨハネ14:3から「(再臨の)イエスさまを待つ」としました。そこには、今、世界中で起こりつつある混乱や争乱が、終末のタイムテーブルに示されていて、その一つ一つが実現していると思われるからです。一昨年、後期高齢者の仲間入りをしましたから、この目の黒いうちには望めないかも知れませんが、イエスさまにお会い出来る日が間近くなっていると、日に日に実感させられています。そんな中で、若い頃聞いた、イスラエルの古い格言、「明日、世の終わりを迎えようとも、今日、私はオリーブの木を植える」を思い出しました。それに関連する一つのことを、ヨハネ福音書から聞いていきたいと思います。今朝のテキストです。

 「立ちなさい。さあ、ここから行くのです。わたしはまことのふどうの木であり、わたしの父は農夫です。わたしの枝で実を結ばないものはみな、父がそれを取り除き、実を結ぶものはみな、もっと多くの実を結ぶために、刈り込みをなさいます。」(14:31-15:2) ここではぶどうの木になっていますが、これは、父=神さまが丁寧に手入れをされているぶどうの木のことです。オリーブ、ぶどう、いちじく、大麦、小麦……と、イスラエルが住み着いたパレスティナ地方では、一部の乾燥地を除いて、「乳と蜂蜜の流れる地」と呼ばれるほど、豊かな稔りをもたらしています。イエスさまは、父なる神さまが熟練した農夫としてぶどうの木の手入れをしておられるように、弟子たちにも、「働き者であれ」と教えられたのでしょう。今でもイスラエルの人たちは、その地方の他民族に比べ、なかなかの働き者のようです。ですから彼らの土地は、古くから、豊かな稔りをもたらして来ました。農夫と言いますと、近代人は、大企業のサラリーマンなどに比べて格下と見がちですが、当時の農業(アグリカルチャー)は、文化(カルチャー)の語源になったように、時代の最先端を行く文化だったのです。


2、祝祷とともに

 その豊かな稔りを求めてでしょうか、イエスさまは、弟子たちに言われました。「立ちなさい。さあ、ここから行くのです」(14:31)ここから、幾つかのことを学んでいきたいと思います。

 イエスさま最後の一週間の、十字架を翌日に控えた木曜日の夜のことです。
 エルサレム・シオンの丘近くのマルコの母マリヤの家(ここが最初のキリスト教会になりました)の屋上の間で、弟子たちと共に持たれた過越の食事、これが最後の晩餐となりましたが、この13章31節から16章終わりまでは、その席で語られたイエスさまの告別説教でした。その第一部(13:31-14:31)と第二部(15-16章)の中間にあるのが、このことばです。本来これは、告別説教(とそれに続く17章のイエスさまの祈り)の最後にあったのではと推測されています。18:1に「話し終えられると、ケデロンの川筋の向こう側に出て行かれた」とありますから、これはそこに接続する何気ないことばのように感じられますが、きっとヨハネはこれを、イエスさまから弟子たちへの、励まし、祝福と聞いたのでしょう。彼はこれを、告別説教の中心部分に入れました。そして、後世の教会はこれを、「立て。さあ、福音を携えて、ここから出て行け。人々に宣べ伝えるのだ」と、礼拝最後の祝祷としたのです。それは、古ラテン語の「出て行け(派遣)」の意味で、ミサ、メッサ、マスと呼ばれましたが、やがてそれは、礼拝そのものを指すようになりました。クリスマス=「キリスト+マス」は、その名残と聞いていいでしょう。


3、実を結びつつ待つ

 弟子たちは、福音の働き人として、イエスさまから沢山の訓練を受けて来ました。三年に渡るイエスさま公生涯の最後の一年は、ほとんど弟子たちの訓練に当てられています。そして今、イエスさまは、弟子たちを残して十字架にかかろうとしています。彼らはそのイエスさまの福音を掲げ、伝道者として、独り立ちしなければなりません。それなのに彼らは、ゲッセマネの園でイエスさまがユダヤ人たちに捕らえられた時、自分たちにも危害が及ぶとばかりに、みな逃げ出してしまったのです。よみがえりの主にお会いして彼らは、その結束がもう一度固められ、聖霊降臨(使徒2章)のこともあって、福音の働き人として、懸命に働くようになりました。

 ヨハネは、そのことを思い出していたのでしょう。ローマ皇帝によるキリスト教徒迫害と殉教の時代を迎えた紀元一世紀末のエペソ教会で、ヨハネは、「立て。さあ、逃げ出さずに福音の働き人として、ここから出て行け」と、礼拝ごとに人々を祝福し、励まして送り出していたのではないでしょうか。もしかしたら、この礼拝が互いに顔を合わせる最後となるかも知れないと、そんな危機感を持ちながら、一回一回の礼拝を大切にしていたのではないかと想像します。ヨハネとエペソ教会の人たちにとって、それは、信仰のスキルを上げて行くことではなかったかと思われてなりません。今年、私たちも、信仰のスキルを磨き上げて行きたいではありませんか。エウセビオスの「教会史」は全編そんな緊張感に溢れていますが、それを後代の私たちに伝えたいとの思いが伝わって来ます。

 私たちを創造された神さまは、今も、勤勉な農夫のように働いておられるのです。イエスさまも、「見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます」(マタイ28:20)と、福音の働き人・弟子たちへの約束となってくださいました。もう一度聞きましょう。「立て。さあ、福音を携えて、ここから出て行け」と。「福音を聞く」ということに極めて難しい現代ですが、小さな実でもいいから、実を結びたいではありませんか。実を結びつつ、イエスさまを待ちたいと願います。「涙とともに種蒔く者は」(詩篇126:5)、喜びとともに、束を抱え、御国に凱旋するのですから。