2014 Christmas Message


永遠の御国に

ダニエル 7:13−14
ヨハネ  3:16−17
T 天上の会議で

 第三アドベントを迎えました。イエスさまご降誕を「地上に遣わされた人の子」を中心に見ていますが、「人の子」というイエスさまの呼称は、終末の日に現われる黙示的人物として描かれるダニエル書七章に由来すると言われています。今朝はそのダニエル書7:13-14から見ていきましょう。

 七章から終わりまでは黙示文学と言われ、難解なところですが、初めに、「バビロンの王ベルシャツァルの元年にダニエルは寝床で、一つの夢、頭に浮かんだ幻を見て、その夢を書き記した」(7:1)と七章の黙示(啓示)が始まるその夢を、青山学院大の旧約学教授・大島力が「ダニエル書研究序説―緒論的考察―」(論文2009年)で構築した構造理解から紹介しましょう。一部は新改訳に変更しています。
1、2-8節  「海から、四頭の大きな獸が現われる」 4節 「私が見ていると」 <地>
2、9-10節 「年を経た方が御座に着かれた」    9節 「私が見ていると」 <天>
3、11-12節 「第四の獣が殺される」 11節「私が見ていると」 <地>
4、13-14節 「人の子のような方が天の雲に乗って」 13節「私が見ていると」 <天>
5、15-22節 「一人の人によってダニエルに解釈が」21-22節「私が見ていると、やがて」 <地>
6、23-27節 その人による幻の補足的説明 <天>
7、28節   結語
 ここでは、<>にある天と地の「垂直的交差」が、「人の子」の地上でのお働きを暗示すると共に、終末のことも含め、「天上の会議」が神さまの救済計画を決定したと指摘しているようです。


U 迫害と殉教の時代に

 「年を経た方」は神さまのことであると言われます。そして、海から上って来た四頭の大きな獸は歴史上に登場した四人の王(バビロン、メディア、ペルシャ、ギリシャ)であり……と古代世界覇者たちの盛衰が語られますが、そこには神さまが介入しておられるのです。ダニエル書七章には、この黙示の意味が分からず悩むダニエルに、傍らに立った「一人の人(天使?)」がその意味を解き明かすのですが、そこにはこうあります。「第四の獣は地に起こる第四の国。これは、ほかのすべての国と異なり、全土を食い尽くし、これを踏みつけ、かみ砕く。十本の角は、この国から立つ十人の王。彼のあとに、もうひとりの王が立つ。彼は先の者たちと異なり、三人の王を打ち倒す。彼は、いと高き方に逆らうことばを吐き、いと高き方の聖徒たちを滅ぼし尽くそうとする。彼は時と法則を変えようとし、聖徒たちは、ひと時とふた時と半時の間、彼の手にゆだねられる。しかし、さばきが行われ、彼の主権は奪われて、彼は永久に絶やされ、滅ぼされる。国と、主権と、天下の国々の権威とは、いと高き方の聖徒である民に与えられる。その御国は永遠の国。すべての主権は彼らに仕え、服従する。」(23-27) この光景にヨハネは、彼の時代にすでに起こり始めている、そして、次第に激しくなって来るであろうローマによる迫害と殉教を重ね合わせたのでしょう。


V 永遠の御国に

 「見よ人の子のような方が天の雲に乗って来られ、年を経た方の前に進み、その前に導かれた。この方に、主権と光栄と国が与えられた。諸民、諸国、諸国語の者たちがことごとく、彼に仕えることになった。その主権は永遠の主権で、過ぎ去ることがなく、その国は滅びることがない」(13-14)と今朝のテキストは、十字架とよみがえりの主を迎えた「天上の会議」(10)が、地上の迫害者たち(権力者)を裁き、ご自分の聖徒たちをその御国に永遠に憩わせる光景を歌い上げています。少年のころにバビロン捕囚となり、バビロンが台頭してきたメディア・ペルシャに屈してからは、メディアのダリヨス王に仕えたダニエル、彼が幻のうちに見たその光景を、ヨハネもまた、ローマ皇帝がキリスト者たちへの迫害者になっていく中で、それは、歴史にご介入された神さまの器であると、見たのでしょう。そしてここでは、「千年も一日」という時間をも支配なさる神さまの「永遠」というところで、現代の私たちも、同じ光景の中に生きていると言えます。人の子イエスさまがこの世に来られたご降誕の意味は、ご自分の聖徒たちを御国に招くためであると、それがヨハネのクリスマス・メッセージなのです。そんな主の救いが自分の上にあることを感謝しつつヨハネは、それをあなたにもと願ったのでしょう。その麗しい光景の一員に、私たちも加えられたいではありませんか。